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2008年 08月 17日 ( 1 )

だってお月様が出ていたから

2008年8月某日 夜。

美しい月が出ている。

貝の冷製オードブル。
鎌倉でとれた夏野菜をふんだんに使った温野菜の盛り合わせ。
魚の香草焼き。
鴨肉のコンフィ。

口に含むたびに
キリリと冷えた白ワインが夏の一瞬一瞬を切り取っていく。

極上の料理と酒。

ときおり、舌が口の中で食物と酒の出会いを取り持っている。


気のせいだろうか、
どこかから(心の奥底から?) チェロの音が聴こえてくる錯覚を抱く。

JSバッハの「無伴奏チェロ組曲第1番」、
黛敏郎の「文楽」、
カッチーニの「アヴェマリア」 ・・・・・

まるで料理とワインのように、
誰かが、 ソロ演奏のチェロの音色とデートでもしているのだろうか。


暑い夏の夜、月はあくまで妖しく美しく輝き、

詩人と酔いどれと水泳選手と海辺のカフカとを一堂に集めて
食後のこの場で「特別な夜会」でも催そうかというほどの勢いだ。


僕は偶然にもこの日、 ちょうど「雨月物語」の
「白峯(しらみね)」の章を読み終えたところだった。

僕の故郷、讃岐を舞台にした、「怪奇物語」と言えなくもない。

村上春樹の「海辺のカフカ」は ギリシャ悲劇エディプス王だけでなく、
雨月物語のこの部分をもモチーフにしているのかもしれない。

アートハウスがある直島(香川県)は
僕の故郷の港町からはちょっと離れた場所にある。

香川県というより、むしろ岡山の宇野に近い位置だ。

行ってみたい。

「特別な夜会」はいつかきっと開かれるだろうから、そのときにでも。

僕は、けれど、夜会や直島での滞在があろうとなかろうと、
何年か前に、ジャスミン・ティーを使ったあの甘いデザートを食べていた人を、
決して忘れることはないだろう。



・・・・・月がみごとだ。

こういう夜には詩が必要だ。

柿本人麻呂や大伴家持の和歌のような、官能的なラブレターが必要だ。
金子光晴の「鮫」や「愛情69」のような、女や物事の本質を冷徹に射抜く詩が必要だ。
西東三鬼の「神戸」のような、 無頼で不良で詩的な文章が必要だ。


時間ではなく、夜という空間が詩歌を必要としているのだ。
月を称え、僕たちが今存在しているこの空間が。

時間なんかではない。


「東南アジアと酔っ払いと放浪癖と女好きと詩人・・・・・」

これらの特徴は金子光晴を表現するフレーズだ。

僕は金子光晴の文章と旅人としての生き方に憧れている。
特に東南アジアと女好きと放浪癖の部分。

マレーシア駐在時代、バトゥパハ(注)に何度か出張した頃から、ずっと。

(注:バトゥパハは金子光晴が昭和初期に一時期滞在していたマラヤの田舎町。)

そして上のフレーズの中の「東南アジア」だけを
ギリシャだのパリだのニューヨークだのに代えれば、
ヘンリー・ミラーになる。

どちらの作家も大好きだ。


******************

・・・・・・ 僕はやがて幻想の世界に入る――。


月明かりの下で
XXのXXに 
いやらしく、ねっとりと、けれどとても好意的に何度も触れながら、
詩的な空間を体全体で感じている。

料理や酒は既に終わり、
いつの間にかお互いの舌がそれぞれ相手の口の中で真夏の月をもてあそび、
戯れているところだ。


僕の両方の掌は、
自分でも理由はさっぱりわからないけれど
目に見えない暖かい熱オーラのようなものを突如として発し、
(それをハンドパワーとでも言うのだろうか)

夢の中にいるかのように、

昭和初期の南洋にいる詩人を横目で見ながら、
現代の月子さん(仮名)をしっかりと大切に抱きしめて、
ウォン・カーウァイ監督の映画が現実になる2046年までタイムスリップする。

けれどたとえ幻想といえども、
タイムスリップそのものや時間軸はこの際問題ではない。

どの時代に僕らが存在しているかは問題ではないのだ。

どこにいるのかが、
空間こそが、大切なのだ。

それは、ホウ・シャオシェン監督の映画 「百年恋歌」 の
基本的なコンセプトと似ているかもしれない。

オムニバス・エピソードの、どの時代設定であっても、
まるで輪廻転生のように、登場人物のカップルは同じ魂を持っていることがわかる。

どの時代に存在しているかは問題ではなく、
どこで誰と一緒にいるか、だけのことなのだ。


暖かな「何か」を発する僕の手が月子さんを癒すだけでなく、
逆にその行為によって自分自身までもが癒されていることを
改めて認識する空間に、僕はいる。

何かに包まれ、
癒されているのはむしろ、僕自身の方だと言ってもよかった。

何かというのはもちろん、月子さんのことだ。 
わかっている。

そう、ヘンリー・ミラーが「北回帰線」のラストで書いているように、結局、

時間よりも、空間、 なのだ。


そして、月子さんの魅惑的で大きな胸元・・・・・・。
それは僕にとって とても大切な、もう一つの空間でもある。

月子さんに、月子さんの美しく柔らかな乳房に、
心からの感謝を捧げよう。


やがて僕は、 幸福感の極限に達したその時、
生暖かな僕自身をあの空間に向けて発射する――。


♪ テーマ曲 「ダッタン人の踊り」 (作曲ボロディン) by 古川展生(チェロ) ♪

関連記事:

「31文字のラブレター (1)」
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「葉山のカフェ・レストラン (1) ~ 「北回帰線」の空間へ ~」
「無頼の短編小説 「神戸」 by 西東三鬼」
「映画 百年恋歌」
by y_natsume1 | 2008-08-17 15:39 | Moon