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2004年 11月 06日 ( 1 )

マレーシアに関連する映画

<マレーシアに関連する映画のウンチク>

以下は多少のネタバレに近い内容を含みます。映画を観ていない人にとって迷惑にならないような範囲で書きますが、ネタバレ部分があったらご容赦を。対象作品名は以下の通りですので、そのあとはスクロールしない、というのも一つの手ですが。
「ハリマオ」、「女衒 ZEGEN」、「エントラップメント」、「熱い絹」、「サンダカン八番娼館 望郷」、「プロゴルファー織部金次郎5」、「ラッフルズホテル」「アンナと王様」。


「ハリマオ」

陣内孝則主演、和田勉監督。太平洋戦争当時のマレー在住の日系人で、谷豊という実在の人物の半生をモチーフにした映画。ハリマオとはマレー語で虎を意味し、彼の別名として知られている。谷豊が旧日本軍のマレー侵攻作戦に協力するくだりを描いていて、このアクション作品はかなり実話に忠実に映画化しているけど実際の事実関係とは少々異なる設定になっている所もいくつかある。映画だけをご覧になった方は、(映画自体は面白くてなかなかの出来だとは思うけれど)中野不二男著のノンフィクション・ルポルタージュ、「マレーの虎 ハリマオ伝説」(文春文庫)をお読みになることもお勧めしたい。舞台は映画も本も、クアラトレンガヌやクアラカンサー、マレー半島全域、バンコク、シンガポールなどだ。谷豊が入っていたというプードゥー刑務所は現存している(使用されてはいない)。僕のマレーシア駐在中、日本商工会議所の会議に出るために車で刑務所の前を何度も通りかかったなあ。この刑務所のすぐ近くに、夜だけ開いているお粥の店がある。潮洲(テオチュウ)粥の店で、お粥のおかずになるトッピングがどれもこれもすごく美味かったのを覚えてる。よく食べに行ったもんです。タクシー運転手やお店がはねたあとの華人系ホステスさんたちも食べに来ているぐらいだから、ホントに美味い店なんだよね。


「女衒 ZEGEN」

緒形拳主演、今村昌平監督。東南アジアでその名を馳せた平岡伊平治の、伝記的な映画。平岡伊平治は20世紀初頭、香港からフィリピンに渡って日本人娼館を営んでいた人物であるという。困っている在留邦人の世話もよくしたとかで、その人物像は侠客のような存在として知られている。映画では設定を少し変え、香港の次はマレーシアのポートスエッテナム(現ポートクラン)で娼館を経営する形になっている。この映画のマラッカ・ロケの撮影に助太刀として加わったマレーシア在住の日本人カメラマン多賀谷氏を、僕がマレーシアに駐在している時に共同テレビのH氏から紹介されて、2度ほど夕食を共にさせて頂いたことがある。多賀谷氏はマレーシアで既に20年以上も暮らすベテラン映画人で、マレー系女性と結婚してムスリムになっていた。僕に昔の東映、日活時代のエピソードなどを話して下さった。新宿でヤクザ映画を撮影する時に、あの筋の人たちにどうやって話を通しておくか、とかね。嬉しかったなぁ、いろんな話を聞けて。多賀谷さんも僕があまりにも楽しそうに映画の話を聞いているので、「君もホントに映画が好きなんだなぁ」と言ってたっけね。


「エントラップメント」

ショーン・コネリー、キャサリン・ジータ・ジョーンズ主演。クアラルンプールにできたばかりのペトロナス・ツイン・タワーをロケに使用した映画。マレーシア政府はこの映画の撮影に全面的に協力したそうだけど、映画公開後は遺憾の意を表明した。問題になったのは、このペトロナス・ツイン・タワーがスラム街の中心にそびえ立っているように見える点。これは合成映像で、スラム自体はマラッカ州でロケ撮影されたものだという。実際のツイン・タワーは市内の中心部に位置し、スラム街の中にはない。1999年6月26日付の日本経済新聞では、マハティール首相が映画名こそ出さなかったものの、「先進国の観客はこの映画を見てマレーシアが公的資金を浪費していると思い込んでしまう」と批判したことを伝えている。映画自体はエンターテインメントとしてはとても面白かったけどね。


「熱い絹」

映画というわけじゃないんだけど、松本清張の「熱い絹」という小説が原作で、1998年に主演鈴木京香、村上弘明で2時間のスペシャルTVドラマとして製作された。これは、実際に1967年にマレーシアの高原、キャメロンハイランドで起きた、タイ・シルク王ジェームズ・H・W・トンプソン(小説ではジェームズ・ウィルバー)の失踪事件を題材にしている。ロケはマレーシアで行われた。当時の日本人会の会報にはエキストラで出演した日系人のエピソードも載っている。鈴木京香のコメントで、「マレーシアでジャランという単語が多いのはなぜですか? ああ、道路だとか、通りの意味だからなんですね」なんていう内容の記事も載っている。僕がマレーシアに駐在している時、週末に車をとばしてキャメロンハイランドに何度か行ったことがある。東京の5月初旬ぐらいの気候かな。涼しい。小説やドラマに出てくる「月光荘」(ムーンライトコテッジ)は現存していた。華人系の女性管理人がいて、見学をお願いしたけど、あっさりと断られた。 そしてキャメロンハイランドのお茶畑は圧巻!緑がとてもきれいな段々畑でした。日本から行くにはちょっと手間ヒマがかかるだろうけど、機会があれば是非一度は行ってみることをオススメしたい。ここの紅茶ブランドは「BOH(ボー)ティー」というんだけど、「Best of Highland」の略です。また、ここは蝶の愛好家の間ではものすごく有名なところ。マレーシアの国名は知らなくてもキャメロンハイランドの地名はよく知っているという日本の蝶愛好家は多いんだってさ。キャメロンに僕を誘って一緒に行ってくれたことのある、蝶の愛好家でもあるT社マレーシア社長のS氏がよく言ってた。ラジャブルックはマレーシアの国蝶。「熱い絹」では蝶もキーポイント。ネタばれになるからこれ以上は書かないけど。


「サンダカン八番娼館 望郷」

山崎朋子のノンフィクション作品、「サンダカン八番娼館」を社会派の熊井啓監督が映画化した。ロケもマレーシアで行われたそうだ。主演はこの作品を最後に他界した往年の大女優、田中絹代。からゆきさんを演じた。女性史研究家役は栗原小巻。田中絹代はこの映画の名演でベルリン映画祭女優演技賞を獲得した。僕がマレーシアに駐在していた時、中国旧正月(チャイニーズ・ニュー・イヤー)の休暇で、ボルネオ島(インドネシア側では同じ島をカリマンタン島と呼ぶ)のコタキナバルやサンダカンを訪れたことがある。ノスタルジックな感傷以前に、雨(スコール)が降って大変だったのを覚えてる。この映画を知らなかったら、わざわざサンダカンまで行くことはなかったと思うなぁ。 ・・・「ボルネオ」って明らかにマレー半島内の雰囲気と違ってて、なんとなく文化圏が違うような気がしました。マレー半島からボルネオに行く場合は、今でもパスポートが必要なんだよ。独立志向のボルネオ(サバ州、サラワク州)にとっては、それが連邦制に加入する条件というか、一種の自己主張だったとか。


「プロゴルファー織部金次郎5」

武田鉄矢主演。映画自体はあえてオススメはしないけど、印象深いエピソードがあるのでご紹介を。まあ、暇があったら気晴らしに観て下さい、という程度の映画だろうけど(ごめんなさい、武田さん)。実は僕がマレーシアのクアラルンプールに駐在していた頃、自宅から車で15分ぐらいのところにテンプラーパークというゴルフ場によく行ってました。なんでもジャンボ尾崎の設計によるらしく、日本人駐在員には馴染みのゴルフ場のひとつ。ある日、そこでゴルフ中に、友人が僕に言いましたとさ。「あの映画知ってる?ここがロケ地でさあ、僕ら夫婦や日本人会の人が大勢、エキストラ出演したんだよ」って。へ?ここが?彼が言うには、当時日本人会にもエキストラ出演の打診があったらしく、皆で出演したんだって。この映画のロゴをあしらったTシャツやらタオルやらの記念品をもらい、武田鉄矢と写真とってサインまでもらったそうな。で、どこに出てんの?って聞いたら、いやあ、画面じゃ僕の顔は小さくぼけてて全然わからないんだけど、このシーンだっていうのははっきりわかるよ、とのこと。そうか、そうか。で、僕も観てみた。確かにテンプラーゴルフ場の特徴でもある岩肌むき出しの風景が出てきました。ここがロケ地だとよくわかった。なお、ゴルフ場一帯は第2次大戦中、旧日本軍とのかなりの激戦地だったところだそうです。このゴルフ場が昔、ナイターをやっていた頃、まことしやかに噂があったんだってさ。出るんだって、あれが。そのうちナイターやらなくなった。お客さんが怖くなったらしくて。本当のところはどうなんだろうね。




「ラッフルズホテル」

村上龍監督作。シンガポールのラッフルズとマレーシアのフレイザーズヒルが舞台。内容は全くオススメではない。駄作。藤谷美和子は演技下手だし、とりたてて特筆するテーマもないと思う。ただ、僕がマレーシアに駐在していた頃、福建系シンガポーリアンの大親友を訪ねてシンガポールに何度か行ったのを思い出す。たいていは家族ぐるみでクリスマスシーズンだった。何度か彼の実家で母上に食事をご馳走になったっけね。彼とはこれまでにプーケットやペナン、六本木、KLなど、いろんなところで飲んで遊んだけど、シンガポールではラッフルズ内のロングバーで時々飲んだことがある。映画でもラッフルズホテルが舞台で、ロケに使われてた。ここのバーの床にはつまみのナッツの殻が一面に捨てられている(そうするのがここでのマナーらしい)。天井には大きなファン(扇風機)が回ってて、いかにもコロニアル風のノスタルジックな雰囲気を出してたなぁ。たぶん、今はファンじゃなくて、大き目のウチワになっているんじゃないかと思うけど。ちなみに、その大親友も今じゃ3児の父親だ。僕も2児の父親。最初に彼と知り合った頃はお互い独身の20代だったけどね。今も絶えず連絡を取り合ってる。


「アンナと王様」

僕がマレーシアに駐在していた時、1999年の初め頃?から、往年の名作「王様と私」のリメイク版として、マレーシアのペラ州(イポー)とペナン州で撮影された。主演はジョディ・フォスターとチョウ・ユンファ。元々はオリジナル作品と同じようにタイ(旧シャム)でのロケが検討されたけど、前作でシャム王が不当に描かれていたとかで、タイ政府が撮影許可を出さなかったらしい。そこで代替地として隣国マレーシアに白羽の矢が立ったんだってさ。リメイク版に出演する象さんたちも、マラッカ動物園からペナン、イポーに移送されたという。当時のマレーシアの地元新聞によると、イポー市内にあるバンガローハウスを撮影隊の宿泊に使用するために20世紀フォックスが高値で借り受けたいと申し出ていたらしい。バンガローハウスの持ち主はティミー・リーさんという。ティミーさんの姉、キャシー・リーさんは、オリジナル作「王様と私」に主演した故ユル・ブリンナーの奥さん。縁があるんだろうかね。

夏目芳雄
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by y_natsume1 | 2004-11-06 11:42 | マレーシア駐在記