2007年8月某日 三宿。 暮れ六つ~夜遅くにかけて。
某ビルのX階、”亜空間”の青い扉を開けて入っていく。
客は僕1人だ。
夜の帳が下りる直前の夕暮れは、茜色が一番鮮やかになる。
僕はアブサンの代用品、ペルノーのソーダ割りをやりながら、
こんな不らちな飲み物は、
確かヘンリー・ミラーの「北回帰線」にも描写されていたと思うが、
とんでもなく危うい、けれど同時に最も好ましい酒だと信じている。
(
「北回帰線」の主人公、つまりヘンリー・ミラー自身は大抵ぺルノーで飲んだくれている。)
僕は何本もゴロワーズを吸いながら、
窓に映る九つの擬似満月を眺める。
ヘリコプターの音が(だって本当にヘリが飛んでいたんだ)
マイルズ・デイビスのミュート・トランペットにかぶさり、
救いようのない地獄への入口を開けて、待っている。
第2幕が始まるかのように、しっかりと夜の帳が下りる。
13小節目の赤い月はいったいどこだろう。
ここには九つもの満月が、バーチャルではあるにせよ、
存在しているというのに。
存在なんて、 そもそも幻想なのだろうか。
色即是空、空即是色。
人の世、 浮世、 あの世のリアル。
この世のバーチャル、 あっちのXXX。
突然、
階下のR246では救急車のサイレンが高らかに鳴り響き、
窓から吹き込む真夏の生ぬるい風と一緒に、
亜空間のクールなBGMを台無しにする。
これじゃ3度・5度の和音じゃなく、
なんだか2度同士のサウンドだ。
モンクのピアノは2度の音でもカッコいいが、
サイレンはそうはいかない。
墨のような、良い匂いをさせているあのオンナは、
いつも、気づかないだけだ。
自分の、性的魅力に。
違う。
ちゃんと分かっているくせに、
自分では気づかない フリをしているのだ。
悪魔のように。
僕に対してだけは。
ボサノバも、 ジャズもワインも、 ロックもカネも、
全ての物事はないまぜとなって、
青いカフェの扉と、妖しいロウソクの灯がともるテーブルに、
黄金の血をあびせている。
何杯目かのペルノーのソーダ割りを頼んだ頃、
ムーアの写真集「インサイド・ハバナ」と
エゴン・シーレの画集が、
真空管を割って僕自身の内部に入ってくる。
―― まるであのオンナが柔らかなその舌を、
僕の口の中に官能的に入れたり出したりするようなリズムで ――。
―― まるで僕の股間のこわばりが、
発射できずに行き場を失っているかのように ――。
もちろんその時僕の両手は縛られ、自由を奪われたままだ。
ハバナ、エゴン・シーレ、タバコ、酒、止まった時間。
もともと、僕はルナティックなのだろうか。
特に赤い月に対しては。
ケルアックもシド・バレットもランボーも、
みんな、 何かに狂っていたのだろうか。
そうに違いない。
そう思いたい。
月に向かって僕自身を発射したいとほざいた夜は、
確か
ハバナへの一人旅の頃だったかもしれない。
いや、
もう少し前だったかも。
どっちにせよ、そう昔じゃなかったはずだ。
僕は
僕自身を
発射しよう。
僕自身の命を。
オイディプス王に向かって。
39年前の未来に向かって。
九つの擬似満月に向かって。
西から昇る太陽に向かって。
スタイルカウンシルの
「The Whole Point of No Return」は
階級制度に唾を吐きながら、
クールにこのカフェで鳴り響き、
僕を、戻ることなど決してない非日常の、至福のポイントへと導く。
いつのまにか
僕はこの亜空間から、
至福のポイント、1984年5月の富浦海岸に、
鈴木康博のLPレコード「Sincerely」を抱えてトリップしている。
1984年5月の僕にとって、
富浦の海と鈴木康博の曲は特別な存在だ。
朱と緑で彩られたステキな京の都も、
カフェ・ブリュにかぶれたこの亜空間も、
原色のハバナも、
1984年5月の富浦とは絶対的に違っている。
もう、二度と、どこにも戻れないのだろうか、
気が狂った酔いどれボヘミアンは。
とにかく
見えない月を、 称えよう。 ボブ・ディランの意味深な歌と共に。
絡み合い、互いの唾液を吸い合う2つの舌。一方が僕の舌だとしたら、もう一方のそれは、いったい誰のだろう。
窓に映る九つの擬似満月を、 慈しもう。 それらは既に僕にとってはリアルそのものだから。
オパールとサファイア(40年近く前のTVドラマ)が頭の中に来訪する。 オパールはどこだ。
Cメジャー7thとFメジャー7thのコードが12弦ギターで交互に弾かれる。
そのコード進行は知らせている・・・・ 暦の上ではもうすぐ新月だと。
バレッタに15種類の色彩とこの世で最高の性的興奮を。
新月なら、 いずれにせよ、 月は、 見えないのだけれど。
どうしてオパールを捜し続けるの?
そんなこと、 知るか。
わからない。
わかりたくない。
ただ、狂ったように、 酔っている。
そうだ、
チャーリー・パーカーの、セルマーのアルトを探そう。
セルマーのアルトはどこだ?
あれこそ、赤い月なのに!
・・・・・ 風が急に止んだとき、
真夏の夜の鼓動も同時にピタリと止まり、
オンナの声色で不気味なマンダリンのささやきが聞こえてくるのだ。
「ねぇ、 忘了?」
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♪ テーマ曲
「Round About Midnight」 by Miles Davis ♪
♪ テーマ曲
「The Whole Point of No Return」 by The Style Council ♪
♪ テーマ曲
「瑠璃色の夜明け」 by 鈴木康博 ♪
♪ テーマ曲
「見張塔からずっと」 by Bob Dylan ♪
関連記事:
「亜空間の果て」
「亜空間の果て (2) ~赤い月の夜~」
「キューバへの一人旅(9) ~時空を越える大砲の音~」
「おぼろ月さん 連れてって 神の国に 銀河の彼方に」
「葉山のカフェ・レストラン (1) ~「北回帰線」の空間へ~」
「ゆるゆると シンガプラ (8)最終回 ~南回帰線はまだか?~」
「ジキル博士とハイド氏」
「忘了?」
追記:
また酔っ払って書いてしまったようである。 自分でも知らないうちに。
酔っ払っていると(というか酩酊状態なのだが)、筆がすべる、すべる。
しかも異様に長い、散文詩まがいのような文章。
朝PCを見てみたら、何だか不思議な文章が「下書き」として残ってた。
数日たってから、ほとんどの内容はそのままに、明らかな誤字や意味不明すぎる部分だけはちょっと手直しして、この記事としてUPしてみた。
以上。