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ジャスミンと巫女

2008年5月初旬の深夜、某酒場に入っていく。

隅の席で見知らぬ恋人たちが濃厚なキスを交わしている。

その傍ら、
カウンター席で飲んでいたミュージシャンとTVマンとI氏たちと、
やって来たばかりの僕は、
数ヶ月ぶりに再会する。

既にカウンター席はいっぱいだ。

僕は中央の台のところに「特別席」を作ってもらい、
1人、立ち飲み。


僕が1人で飲んでた中央の台のところに
ミュージシャンやTVマンがなぜか自然と集まり始め、
僕と一緒に立ち飲み。

マスターも時々参加する。

ミュージシャンはもうすぐ新しいCDアルバムを出す予定だ。
嬉しい。

隅のカップルの熱いキスを ちらちらと楽しみながら 見て見ぬフリをしながら、

音楽と京都と恋人達の熱いキスの方法と詩と九条と巫女の存在とが
僕たちによって代わる代わる語られる。

なんて楽しい夜なんだろう。

ボクハ コノヨル 10スウハイ イジョウ ノ ペルノー ノ ソーダワリ ヲ タイラゲタ

****************

気がついたら 僕はいつのまにか別の空間にいる

夜のカレーライスが
首都高の擬似ムーランルージュに激突し
28種類の色彩を必死で犯している

いや 犯している幻想を抱いている

あの「巫女」が
映画でアンディ・ウォーホールを演じた俳優 
(それはデビッド・ボウイでもガイ・ピアースでもいい  それは問題ではない) 
に乗り移り

僕たちに告げる

5番目の砂漠へ向かえと

音楽の舌と僕の舌がねっとりと絡み合い  
吸い合っているうちに

間抜けなことに

ボブ・ディランの豊満な胸は とうとうはちきれて
5番目の砂漠にミルク色の涙を落としまくる

砂漠を目指して僕たちは動く

巫女のお告げによって青山経由で(逆方向だろうに)
三宿の黄色い酒場に場面が変わる

巫女の姿はここにないが 
ここでも僕を守っていることに変わりはない
ジャスミンの匂いでそれが わかる

黄色い酒場で僕の大好きなイエローセンターラインが流れ
そのすぐ後に人間の証明のテーマ曲がかかる
その曲は黄色い酒場で必ず最後にかかる 閉店の合図だ

ありがとう  マスター

楽しくて幸せな酒だった 

僕はディランの涙という名の雨が落ちまくる午前10時の街に出て
この世とあの世のはざまの 微妙なグレイゾーンを漂いながら
オパールを探し始める

僕は どこで射精すればいいのだろう


ヘンリー・ミラーが書いているように
僕たち人間には時間よりも空間が必要なのだろうか

だとすれば それは どこだ?

そもそもオパールにもディランの涙にも首都高の擬似ムーランルージュにも
何の意味もないのだ

いや すべての名称には

何の意味もない
何の意図もない
何の根拠も ありはしない

意味を求めてはいけない
答を追いかけてはいけない
応えを期待すべきではない

人は皆 求めすぎなのだ
意味などないのに

ただの 記号だ
何かと何かを相対的に区別するためだけの

相対的な区別の点では多少の意味はあるが
それだけだ

そして ただ 存在するだけだ

切ないほどに


僕が問うているのは 意味や意図ではなく
存在そのものなのだ

ここでは存在そのものが 問題なのだ
本当に この世に 存在しているのかどうかが 今 重要なのだ


二つの睾丸の間でペニスを硬く勃起させながら
僕はこれでもかというほど何度も
月子さん(仮名)とワルツを踊っている幻覚を観る

(今夜の「月子さん」はいったい誰のことを指すのだろう? それが誰であろうと本質的な問題ではないのに そんなふうに人は僕に尋ねようとするのだ  愚かなことだ )

このとき 幻覚(あの世)の中でも
僕の勃起したペニスはしっかりと存在していた ハズだ


けれど現実(この世)においては 僕の目の前で
ディランの涙に濡れた街が
美しい墨絵そのものとなり
とっくに僕を狂気に導いているところだ

午前10時の雨に濡れた新緑は 
鮮やかなモノトーンの墨絵に同一化する

香を焚こう
清めよう この 空間を

京の街で買い求めた  「墨香」という香を焚こう

そしてその香りの中で西東三鬼や金子光晴のような
色っぽくて味のある無頼な文章を高らかに朗読しよう
言葉そのものの意味ではなく 彼らの存在を感じるために

夜が明けたというのにあの月は まだ見えない
僕が見たいのは 夜の月じゃなくて
昼間の赤い満月だ

いったい いつになったら あの月を見ることができるのだろう

ねぇ、オパール、
そこに、 いるんだろ?

    いつか いつの日かきっと 僕と ワルツを 踊ろう  

♪ テーマ曲 「waltz #2 (XO)」 by Elliott Smith ♪
♪ テーマ曲 「bottle up and explode !」 by Elliott Smith ♪
♪ テーマ曲 「miss misery (early version)」 by Elliott Smith ♪

関連記事:
「月子さんのお話 (4) ~遊郭の夕べ~」
「京方人(みやこかたびと)」
「三線の調べに酔っておるのだ」
「亜空間の果て」
「亜空間の果て (3) ~九つの満月~」
「無頼の短編小説 「神戸」 by 西東三鬼」
# by y_natsume1 | 2014-01-19 18:04 | Moon

亜空間の果て (3) ~九つの満月~

2007年8月某日 三宿。 暮れ六つ~夜遅くにかけて。 

某ビルのX階、”亜空間”の青い扉を開けて入っていく。

客は僕1人だ。

夜の帳が下りる直前の夕暮れは、茜色が一番鮮やかになる。

僕はアブサンの代用品、ペルノーのソーダ割りをやりながら、
こんな不らちな飲み物は、
確かヘンリー・ミラーの「北回帰線」にも描写されていたと思うが、
とんでもなく危うい、けれど同時に最も好ましい酒だと信じている。

( 「北回帰線」の主人公、つまりヘンリー・ミラー自身は大抵ぺルノーで飲んだくれている。)


僕は何本もゴロワーズを吸いながら、
窓に映る九つの擬似満月を眺める。


ヘリコプターの音が(だって本当にヘリが飛んでいたんだ)
マイルズ・デイビスのミュート・トランペットにかぶさり、
救いようのない地獄への入口を開けて、待っている。


第2幕が始まるかのように、しっかりと夜の帳が下りる。


13小節目の赤い月はいったいどこだろう。
ここには九つもの満月が、バーチャルではあるにせよ、
存在しているというのに。

存在なんて、 そもそも幻想なのだろうか。

色即是空、空即是色。
人の世、 浮世、 あの世のリアル。
この世のバーチャル、 あっちのXXX。


突然、
階下のR246では救急車のサイレンが高らかに鳴り響き、
窓から吹き込む真夏の生ぬるい風と一緒に、
亜空間のクールなBGMを台無しにする。

これじゃ3度・5度の和音じゃなく、
なんだか2度同士のサウンドだ。
モンクのピアノは2度の音でもカッコいいが、
サイレンはそうはいかない。


墨のような、良い匂いをさせているあのオンナは、
いつも、気づかないだけだ。
自分の、性的魅力に。

違う。

ちゃんと分かっているくせに、
自分では気づかない フリをしているのだ。
悪魔のように。
僕に対してだけは。



ボサノバも、  ジャズもワインも、  ロックもカネも、
全ての物事はないまぜとなって、
青いカフェの扉と、妖しいロウソクの灯がともるテーブルに、
黄金の血をあびせている。


何杯目かのペルノーのソーダ割りを頼んだ頃、
ムーアの写真集「インサイド・ハバナ」と
エゴン・シーレの画集が、
真空管を割って僕自身の内部に入ってくる。

―― まるであのオンナが柔らかなその舌を、
僕の口の中に官能的に入れたり出したりするようなリズムで ――。

―― まるで僕の股間のこわばりが、
発射できずに行き場を失っているかのように ――。

     もちろんその時僕の両手は縛られ、自由を奪われたままだ。


ハバナ、エゴン・シーレ、タバコ、酒、止まった時間。


もともと、僕はルナティックなのだろうか。
特に赤い月に対しては。

ケルアックもシド・バレットもランボーも、
みんな、 何かに狂っていたのだろうか。
そうに違いない。
そう思いたい。


月に向かって僕自身を発射したいとほざいた夜は、
確かハバナへの一人旅の頃だったかもしれない。
いや、もう少し前だったかも。
どっちにせよ、そう昔じゃなかったはずだ。

僕は
僕自身を
発射しよう。

僕自身の命を。

オイディプス王に向かって。

39年前の未来に向かって。
九つの擬似満月に向かって。
西から昇る太陽に向かって。


スタイルカウンシルの
「The Whole Point of No Return」は
階級制度に唾を吐きながら、
クールにこのカフェで鳴り響き、
僕を、戻ることなど決してない非日常の、至福のポイントへと導く。

いつのまにか
僕はこの亜空間から、
至福のポイント、1984年5月の富浦海岸に、
鈴木康博のLPレコード「Sincerely」を抱えてトリップしている。

1984年5月の僕にとって、
富浦の海と鈴木康博の曲は特別な存在だ。

朱と緑で彩られたステキな京の都も、
カフェ・ブリュにかぶれたこの亜空間も、
原色のハバナも、

1984年5月の富浦とは絶対的に違っている。

もう、二度と、どこにも戻れないのだろうか、
気が狂った酔いどれボヘミアンは。


とにかく
見えない月を、 称えよう。 ボブ・ディランの意味深な歌と共に。

絡み合い、互いの唾液を吸い合う2つの舌。一方が僕の舌だとしたら、もう一方のそれは、いったい誰のだろう。

窓に映る九つの擬似満月を、 慈しもう。 それらは既に僕にとってはリアルそのものだから。

オパールとサファイア(40年近く前のTVドラマ)が頭の中に来訪する。 オパールはどこだ。

Cメジャー7thとFメジャー7thのコードが12弦ギターで交互に弾かれる。
そのコード進行は知らせている・・・・ 暦の上ではもうすぐ新月だと。

バレッタに15種類の色彩とこの世で最高の性的興奮を。

新月なら、 いずれにせよ、 月は、 見えないのだけれど。

どうしてオパールを捜し続けるの?

そんなこと、 知るか。 
わからない。
わかりたくない。

ただ、狂ったように、 酔っている。

そうだ、
チャーリー・パーカーの、セルマーのアルトを探そう。
セルマーのアルトはどこだ?
あれこそ、赤い月なのに!

・・・・・ 風が急に止んだとき、
       真夏の夜の鼓動も同時にピタリと止まり、
          オンナの声色で不気味なマンダリンのささやきが聞こえてくるのだ。

         「ねぇ、 忘了?」

****************************

♪ テーマ曲 「Round About Midnight」 by Miles Davis ♪
♪ テーマ曲 「The Whole Point of No Return」 by The Style Council ♪
♪ テーマ曲 「瑠璃色の夜明け」 by 鈴木康博 ♪
♪ テーマ曲 「見張塔からずっと」 by Bob Dylan ♪

関連記事:
「亜空間の果て」
「亜空間の果て (2) ~赤い月の夜~」
「キューバへの一人旅(9) ~時空を越える大砲の音~」
「おぼろ月さん 連れてって 神の国に 銀河の彼方に」
「葉山のカフェ・レストラン (1) ~「北回帰線」の空間へ~」
「ゆるゆると シンガプラ (8)最終回 ~南回帰線はまだか?~」
「ジキル博士とハイド氏」
「忘了?」

追記: 
また酔っ払って書いてしまったようである。 自分でも知らないうちに。
酔っ払っていると(というか酩酊状態なのだが)、筆がすべる、すべる。
しかも異様に長い、散文詩まがいのような文章。  
朝PCを見てみたら、何だか不思議な文章が「下書き」として残ってた。
数日たってから、ほとんどの内容はそのままに、明らかな誤字や意味不明すぎる部分だけはちょっと手直しして、この記事としてUPしてみた。
以上。

# by y_natsume1 | 2013-12-07 16:49 | Moon

京の女に言ふ (2) 改訂版

2008年2月8日(金) 夜。

Chinese New Yearのお祝いと称して
鎌倉の山の中にある、某居酒屋へ。

この辺りは星がとてもよく見える。
けれど月は見えない。 どうして? 新月だっけ?
(そうだ、2月7日は旧正月の元旦なんだから、当然新月で見えないんだ。)

カウンター席の端っこ。

高知の地酒、南を常温で (南を置いてあるとは珍しい店だ)。

ぶわぶわ(あげと卵を甘く煮たもの)、
タラの芽の天ぷら、
奈良の濁り酒、どぶを燗で。

店主からブラックデビルというタバコを1本頂く。 
甘く、 香ばしい匂い。

テレビ局勤務らしい3人組(男1、女2)の客。
大船、逗子あたりの地元民とのこと。


彼女らは僕にときおり話しかけてくれる。

(男1人で寂しそうとでも思ってくれたのか。僕なりに1人を楽しんではいたが。)

そして僕のタラの芽の天ぷらを見て、美味しそうと言う。
おすそわけする。

お礼にと、カワハギをすすめられる。 
タコの柚子じめも。

うまい。 日本酒に合う。

彼女らは、
1人客は僕以外にもう1人いるのに、
僕の方に興味を持ってくれたのか。

考えすぎだな。
単に席がすぐ隣だっただけのことだろう。

女性は2人ともとても魅力的だ。
もちろん性的な意味で。

(あとで2人とも年齢が40代だと聞いて驚く。 1人は20代、もう1人は30代かと本気で思ってた。 居酒屋の照明のほの暗さはこういうことも引き起こす。)

男性の方はこの居酒屋に10年ぐらい通っているという礼儀正しい40歳。

4人でテーブル席に移動してまで飲んでしまう。

いかんなぁ、このノリの良さ。
ひとしきり盛り上がる(たぶん)。

店内ではアン・サリーのジャズが流れている。


・・・・・・ 気がついたら、

居酒屋を出て
僕は1人鎌倉の暗い山の中を さまよい歩いている。

ものすごく、寒い。

旧暦の新年を祝うには、少々ヤボだろうか。
オンナっ気もなく、都心の華やかさもなく。

いや、いいんだ。 これで。
鎌倉で飲んだくれてる方が、僕らしいというもの。

頭にはロードムービーが浮かぶ。

ヴィム・ヴェンダースの「アメリカ、家族のいる風景」
(地味だし、最低の日本語タイトルだが、内容は本当に最高だ)。

「EUREKA」(日本では珍しいロードムービーの秀作)
「パリ、テキサス」
「ダウン・バイ・ロー」
「バッファロー’66」 ・・・・・・。

これらに共通するのは、実はロードムービーという形式だけじゃなくて、
「荒涼とした」風景そのものなのだ。

ジャック・ケルアックは「荒涼天使たち」で的確にその本質を突いている。



・・・・・・ たぶん1時間以上も歩いたろうか。

たどり着いた先は、

なぜかよく行く由比ヶ浜の「お酒の神様」という名のバー。
体が覚えていたのか。

真っ暗で、目の前にあるはずの海は見えないが 
波の音は聴こえる。

午前5時?

マスターにレゲエのCDのお礼を言う。

ペルノーのソーダ割り。

まだ飲むのか? そうさ、だって、バーだもん。


無意識に(意識的に無意識に)ロートレックの画集を出す。

(いや、現実には出していないのかもしれないが、
頭の中ではロートレックが回っていたのだ。)

前夜、六本木の展覧会に行ってきたばかりだったから
鞄に入っていたのだろう。


ロートレックは素晴らしい。

展覧会でのロートレックの略歴では
梅毒とアルコール中毒に悩まされ・・・・ とある。

そうに違いはないのだろうが、
アル中はどうだか。
そりゃアブサンの飲みすぎには違いないだろうけど。

単なるアル中っていうより、薬物作用だろ。

ニガヨモギの成分が、脳に悪い影響を与えるのか。

19世紀末から20世紀初頭のパリの芸術家たちは
皆、揃いも揃ってこの酒に狂っていた。

詩人ランボーしかり、画家ゴッホしかり、ドガしかり。

やがて禁止になったアブサンの代用品として
ペルノーが好まれるようになる。

僕は狂ってしまいたくて、いつもペルノーを飲むのか?

だったら素直に(このバーにある)再発アブサンを飲めばいいのに。

ペルノーが好きなのだ。
ペルノーを飲むヘンリー・ミラーも好きなのだ。



ジャズを聴こう。
ジャズはどこだ。

チャーリー・パーカーの、うるさいほどのアルト・サックスがいい。

1940年代のパーカーは
2008年の鎌倉をも征服できる。


ゴロワーズを吸いながら、

夜が明ければ、この日は特別な日になるのだと、思う。
「あの人」の、72回目の、特別な日。

そして僕は鎌倉なら、さまよい歩いてもいいと思ってしまう。
ゴロワーズとペルノーさえあればね。


僕は由比ヶ浜の海を見ないまま、
いや、すぐ目の前にあるのだけど、
泥酔した僕は視覚的に認識できないまま、
朝のバーを出る。

普通、朝まで飲んでるような不良なら
近くに”オンナ”でもいて、
その家に寄るのだろうけれど、
僕にそんな女性はいない。

(逆かな。 親しい女性がいれば朝までなんか飲みはしないだろう。)

・・・・・ 腹が、減った。

ねぇ、オネエさん、僕に何か食わしてくれよ。
オパールとジャズとゴロワーズとペルノーを忘れさせるほどの、
食い物をさ。


ねぇ、オネエさん。


僕は1963年の、あの女性に向かって、
携帯電話をかけようとしていた。

今はもう、この世(夜)に存在しない、あの女性に向かって。


♪ テーマ曲 「星影の小径」 by アン・サリー♪
     アルバム「ムーンダンス」より




後日談:


この鎌倉山ん中さまよい事件は、
(フィクションではなく実話なだけに)
今思うと結構やばかったような気がする。

足腰の痛さからすると1時間どころじゃなくて
3~4時間ぐらい歩いてたような気がするし、
タクシーは全然つかまらなかったし、

ものすごい寒さで、
由比ヶ浜のバーにたどり着いた時は、
(僕のいつもの風邪の前兆でもある)喉の痛みがちょっと出てきて、
体もガタガタ震えていたほど。

だって翌日(2月9日土曜)には
関東地方に雪が積もったほどだったんだからね。

一歩間違えれば(文字通り歩く方向が違っていれば)、シャレにならんことに。

そいでもって風邪も引きかけた。 今は大丈夫だけど。

いかんねぇ、酔いどれは。

トム・ウェイツだってチャールズ・ブコウスキーだって、
みんな酔いどれじゃないかと 言ってみても、

お前(夏目)は詩人でもアーティストでもないだろ、普通の会社員だろ、
と言われてその通り。

酩酊状態のくせに翌朝8時半ごろには
電車とバスを乗り継いで都内世田谷の自宅まで帰還できている
というありがたい展開。 

おそらく、居眠りで乗り過ごすこともなく、1時間半ほどで到着した模様。

失くしたものは片方の手袋のみ。
財布の中身も鞄も無事だった。

43歳にもなって自慢できることじゃないけど・・・。

誰かに守られてるんだろうか。

ちなみにタイトルは「きょうの メニュー」と読む。



関連記事:
「鎌倉の後 にっかつロマンポルノ名作集」
「京の女に言ふ」
「ゆる~いレゲエを鎌倉で」
「由比ヶ浜に 酒の神 在り」
「Blue Train」

a happy new rat year to ya!
# by y_natsume1 | 2013-11-20 21:51 | 鎌倉湘南Seaside

リグレーのチューインガム ♪

リグレーのチューインガムが子供の頃から好きだ。

当時の包装紙のデザインも、色も、噛み具合も、
噛むだけであんまり大きなバブルが膨らまないところも、
「リグレー」という名前の響きも、

みんな僕好みだ。

ロッテのガムも好きだけど、
ノスタルジックな感覚も含めて、
やっぱり リグレーの方が僕は好きだ。

特に、スペアミントのフレーバー。

・・・・・・ 小学生の頃に読んだベーブ・ルースの伝記に、
シカゴのリグレー球場でルースがプレーする描写がある。

子供心に、
この球場名とガムの名前とはたぶん何か関係があるんだろうな、
ぐらいは感じてた。

やがて、それがシカゴ・カブスの本拠地、リグレー・フィールドであり、
チューインガムの会社リグレーの社長が、
当時のカブス球団のオーナーであることを知る。


  昨今の球場命名権の問題はどうもしっくりこない。
  カネさえ動けば、あんなんで本当にいいのか。
  昔からの球場名にこそ、思い入れがあるのに。



・・・・・・ 出張で初めてシカゴを訪れた1997年。

ダウンタウンにあるリグレービルの建築様式に心ときめかせ、

2度目の(つまり最後の)引退をする直前のサンドバーグや、
まだ若手だったサミー・ソーサのプレーを
リグレー・フィールドで楽しんだ。

シカゴのリグレー・フィールドは、
野球少年にとってはボストンのフェンウェイ・パークと並んで、
特別な場所なのだ。

そこでMLBゲームを実際に観ることができただけでも、
感激のひと時だった。


ガムと、シカゴの球場。 

小学生の僕にとっても、30代のビジネスマンの僕にとっても、
40代になった今でも、
それらは
僕の心の中では、しっかりとつながっている。

*******************************

・・・・・・ いつのことだったろう、
たしか、僕が20代前半の頃、
プータロー(無職)になる直前か。

とにかくお金も人脈も学位も地位も何もなくて、
(若いから当たり前だけど)
もがいていた頃のことだ。

今みたいに飲んだくれるお金さえなかった。

当時の僕に本当にあったのは、
ある命題に対する情熱と、健康と、
何枚かのジャズのCDと、
付き合っていたガールフレンドだけ。
おまけに奨学金の借金まであった。

ある冬の夜、
ガールフレンドと2人でゆっくりと歩きながら、
僕はミントのガムを噛み始めた。


キスをする。
理由なんかない。
そういうものだ。

互いの舌を絡ませる。

相手の舌を吸う。
相手の唾液を吸う。


やがて相手の口の中に、僕の噛んでいたガムが入る。

相手は少しの間、そのガムを噛み、
もう一度キスをしたときに、舌の動きに乗じてこちらの口の中に戻す。

互いに無言のまま、
けれど相手の目は全てを分かっているよというシグナルを発しながら、
僕たちはその行為を何度も繰り返す。

ガムを噛んではキスをし、キスをしてはガムが移動する。

まるでリグレー・フィールドでキャッチボールをしているみたいに、
チューインガムは僕と相手の口の中を行ったり来たりする。

ミントのフレーバーが薄くなっても、その行為は
目的地に着くまでずっと続く。

・・・・・・互いの口の中を所在無げに行ったり来たりしていた
あの時のチューインガムは、

僕たちの、
もうどうにもならないこれから先を、

どっちに行ったらいいのかさえ分からなかったどっちつかずの混沌を、

この先とんでもない狂気と破滅と激しい憎悪が待っていることを、

既に明確に、

暗示していたのかもしれない。

♪ テーマ曲 「チューインガムをかみながら」 by ブルーハーツ ♪
# by y_natsume1 | 2012-12-08 20:04 | Back Street Days

なくしたものを 探しに出れば

右手には懐中電灯を
左手にはワンカップ大関を

そのイデタチで
なくしたものを
探しに出たのだが


あいかわらず何年経っても 
いまだに見つからないものが いくつかある 

なくしてから
ずっと探している

もう  見つからないのかもしれない

それとも 探し求めていれば 
いつかは見つかるものなのか

やはり分からない

けれど そもそも
なくしたものなんか
ホントに
あるんだろうか

真冬に聴こえる
妖しげなサマータイムブルーズのように


♪ テーマ曲 「たしかなこと」 by 小田和正 ♪
そうかな
小田和正 / BMGファンハウス
# by y_natsume1 | 2012-12-07 16:00 | アジア的独白