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ビート詩人 ナナオサカキ 逝く

2008年12月23日(火) 午前4時ごろ。

ナナオさん、85歳で逝く

ゲイリー・スナイダー (ジャック・ケルアックの小説 「達磨行者たち」 の主人公のモデル)や、アレン・ギンズバーグたちとの交流。

ケルアックに代表される、単なるビートニクスというより、

むしろブラックマウンテン派とか、
ヒッピーやコミューン(生活共同体)、環境問題に関する活動の方が、
しっくりくる。

どちらにしても、
毎日、いつも、
旅を続けている人、に違いはないけど。

個人所有や定住を拒絶し、大地を踏みしめ、

ゲイリー・スナイダーをして、

「ナナオの詩は頭や手で書いたものではなく、足で、歩くことによって、書かれたものだ」

とさえ言わしめた。


国分寺の本屋の地下でポエトリーリーディングの合間に
僕のようなボーっとした男に気さくに話しかけてくださったり、

英語の詩集にサインしてくださったり (To xxx ではなく For xxx と書いたところがナナオさんらしいかも)、

江ノ島で「ラブレター」の朗読を聴いたり・・・。

まるで仙人のような、不思議な雰囲気の人だった。

今も、 今このときも、  憧れている。

よき放浪者になりたいという意味では、ずっと憧れだ。


ナナオさんは、また新たな旅に出た、ってことかな。

♪ テーマ曲 なし ♪

*******************

「ラブレター」 by ナナオサカキ;

半径 1mの円があれば
人は 座り 祈り 歌うよ

半径 10mの小屋があれば
雨のどか 夢まどか

半径 100mの平地があれば
人は 稲を植え 山羊を飼うよ

半径 1kmの谷があれば
薪と 水と 山菜と 紅天狗茸

半径 10kmの森があれば
狸 鷹 蝮 ルリタテハが来て遊ぶ

半径 100km
みすず刈る 信濃の国に 人住むとかや

半径 1000km
夏には歩く サンゴの海
冬は 流氷のオホーツク

半径 1万km
地球のどこかを 歩いているよ

半径 10万km
流星の海を 泳いでいるよ

半径 100万km
菜の花や 月は東に 日は西に

半径 100億km
太陽系マンダラを 昨日のように通りすぎ

半径 1万光年
銀河系宇宙は 春の花 いまさかりなり

半径 100万光年
アンドロメダ星雲は 桜吹雪に溶けてゆく

半径 100億光年
時間と 空間と すべての思い 燃えつきるところ
   
       そこで また
       
       人は 座り 祈り 歌うよ
       
       人は 座り 祈り 歌うよ
                     

                1976 春

       (ナナオ サカキ詩集『犬も歩けば』野草社)

*********************

"A Love Letter"  by Nanao Sakaki;


Within a circle of one meter
You sit, pray and sing,


Within a shelter ten meters large
You sleep well, rain sounds a lullaby.


Within a field a hundred meters large
Raise rice and goats.


Within a valley a thousand meters large
Gather firewood, water, wild vegetables and Amanitas.


Within a forest ten kilometers large
Play with raccoons, hawks,
Poison snakes and butterflies.


Mountainous country Shinano
A hundred kilometers large
Where someone lives leisurely, they say.


Within a circle ten thousand kilometers large
Go to see the southern coral reef in summer
Or winter drifting ices in the sea of Okhotsk.


Within a circle ten thousand kilometers large
Swimming in the sea of shooting stars.


Within a circle a million kilometers large
Upon the spaced-out yellow mustard blossoms
The moon in the east, the sun west.


Within a circle ten billion kilometers large
Pop far out of the solar system mandala.


Within a circle ten thousand light years large
The Galaxy full blooming in spring.


Within a circle one billion light years large
Andromeda is melting away into snowing cherry flowers.


Now within a circle ten billion light years large
All thoughts of time, space are burnt away
There again you sit, pray and sing
You sit, pray and sing.



from Break The Mirror, by Nanao Sakaki, North Point Press

関連記事: 
「 「ラブレター」 ナナオサカキ」
「ナナオ・サカキ ポエトリー・リーディング」
「気狂い桜のトンネルを 夜風と共に 駆け抜けろ」
「江の島で 潮の香りに酔いしれる」
「達磨行者の行き着く先は」

参考書籍:
「ビート読本―ビート・ジェネレーション 60年代アメリカン・カルチャーへのパスポート (現代詩手帖特集版)」
(ナナオサカキ・インタビュー記事の部分)
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# by y_natsume1 | 2008-12-25 19:49 | ビートニク

好きなCD (15) ~ "Landscape" by tsunenori ~

Landscape (2008) by tsunenori

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このCD、とても気に入っている。

発売当初、季節は夏だったのに、今はもう冬だ。
でもずっと聴いている。

打ち込みを結構使っていると思われるサウンドだけど、
そのくせなぜか、暖かく感じる。

なんでだろ。

すさんだ心を癒してくれそうな雰囲気が、アルバム全体に漂っている。

全ては、うたかた。

それ以上は、言うまい。

♪ テーマ曲 「Pastness」 by tsunenori ♪

関連記事:
「由比ヶ浜の月を 追いかけろ」
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# by y_natsume1 | 2008-12-21 03:08 | Music Bang Bang

必殺仕事人シリーズのサントラCD

必殺! The SELECT.

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このCD、懐かしさもあるが、改めて聴くと
名曲ぞろいなのがよくわかる。

竜崎孝路の曲も良いけど、やはり平尾昌晃の曲は素晴らしい。

マカロニウェスタン調の曲、
エレキギターやトランペットを効果的に使ったサウンド、
仕事人たちが、さぁこれから仕事に行くぞ、という時にかかる曲など。


必殺シリーズは小学生の頃から大ファンで、
よくTVで観ていた。

特に1970年代の初期の作品群が、暗いけれど好きだ。

初期の作品は、後期作品群に比べて
「ムコ殿」みたいなコメディ要素をあまり前面に出してはいないが、
そのぶんクールで、ダークな感じが良い。

画面の色彩も、
黒や深緑や青などを強めに出した(ように肉眼には見える)
ハードボイルドな色調で、
それがとても好きだった。

当時の他のTVドラマのやわい色彩とは
まるで違っていたのが小学生にもちゃんと感じられた。

仕掛人、仕置人、仕留人、助け人、からくり人、仕事人・・・・・。

悪人に騙されて人妻がいたぶられ犯されるシーンなどは
小学生には少々刺激が強いと言う人もいるかもしれないけど、
よく描けてるなぁ、と思って観ていた。

人間の業(ごう)や性(さが)を、常に芯に据えている。 

池波正太郎の原作、仕掛人・藤枝梅安シリーズも好きだ。
梅安の人柄に、TVとは違って、深い味がある。

湯豆腐、お酒、味噌汁にちょっとごま油をたらすシーンなど、
食事の描写も大好きだ。


このCD、1枚で38曲も入っている。 
お得である。 

平尾昌晃センセイに、感謝。

♪ テーマ曲 「仕掛けて殺して日が暮れて(必殺仕事人より)」 by 平尾昌晃 ♪
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# by y_natsume1 | 2008-12-19 19:11 | Music Bang Bang

この電車に揺られて

2008年12月某日。

電車の中で、

ロシア帽子を被った美しい女性が目に留まる。

20代後半か30歳くらいだろうか。
日本人だと思う。 
端正な顔立ちで品がよさそうでとてもキレイだ。

携帯電話(たぶん i Phone) を操作している。

携帯電話にはありふれたストラップではなく、
匂い袋をつけている。

粋だなぁ。

ロシア帽に匂い袋か。

その女性はある駅で降りていく。
僕のすぐそばを通って。

その女性がジーンズにブーツだったのはその時ようやく気づく。
それだけロシア帽と匂い袋の印象が強かったということだ。


匂い袋といえば、
神楽坂の椿屋には、
久しく行っていない。

行こうと思えば家から電車で1時間もかからないのだが。

今この電車を乗り換えようか。
(仕事、あるだろ!というツッコミが聞こえてきそう。)

ね、椿屋に一緒に行きませんか。

そこで、和紙やお香や、そして和の空間(小宇宙)を愛でましょう。

♪ テーマ曲 「帰れない2人」 by 井上陽水 ♪
♪ テーマ曲 「大いなる旅路」 by 小椋佳 ♪

関連記事: 「神楽坂の休日」
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# by y_natsume1 | 2008-12-17 16:42 | Back Street Days

シェリーのボトルを抱えて春の雨を追いかけろ

2008年12月某日。

東京駅で新幹線から山手線に乗り換えました。

出張続きで疲れていたし (にもかかわらず明け方まで飲んでいた)、
一睡もしていないので寝不足でもあったし (結局明け方まで飲んでいた)、
そもそも風邪で体調はよくないし (それでも明け方まで飲んでいた)、
とにかく泥酔状態でした (要するに明け方まで飲んでいた)。

一瞬、ウトウトしたかもしれません。

ふと気がつくと、まだ東京駅です。

なんだ、停車したまんまか?

時計は・・・・・

2時間後を指しています。

時間と空間は僕にいつも新鮮な驚きと感動をもたらしてくれます。

空間を移動することによってタイムスリップにも似たような感覚を抱くことがありますが、逆に、全く同じ空間にいることで時を過ごしてしまうこともあるのですね。

まるで真冬に春の雨を切望し、獲得するみたいに。
(わけがわかりませんね。 酔っ払っているから仕方ありませんが。)

大好きなカーク・ダグラスの「探偵物語」(DVD)でも、
消音で画面だけ眺めながら、
家で飲みなおすことにします。

♪ テーマ曲 「この汽車は」 by 小椋佳 ♪
♪ テーマ曲 「春の雨はやさしいはずなのに」 by 小椋佳 ♪
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# by y_natsume1 | 2008-12-13 22:25 | Back Street Days

The Who を追いかける夜

2008年12月某日、深夜。

国内出張、ドサまわりのシーズン。 

某地方都市の飲み屋街。

午前4時、したたかに酔った僕は、
まっ黄色の銀杏並木のたもと、つまり道端で、

♪ Lo~ve, Reign O'er Me ! ♪

と大声で何度も歌ってしまう (かすかな記憶しかないけど、歌ったんだと思う、たぶん)。

ロジャー・ダルトリーと同じような高いキーで。

♪ Only love can make it rain
The way the beach is kissed by the sea ♪


なんて気持ちが良いんだろう。

周りには迷惑だったろうな。 スミマセン。

この曲はハイトーンで大声で歌った方が、
気持ちが良い。

そして、初めてのバーに入ってペルノーのソーダ割りを2杯。

午前7時、そのバーの優しいマスターが外へ出て、
僕の泊まっているホテルまでの道を教えてくれる。

結構簡単だ。 まっすぐ行って曲がればすぐだ。

僕はホテルに帰ってシャワーを浴び、
一睡もせずにチェックアウトして、
新幹線に乗る。

The Who はサイコウだな、と思いながら。

酔っ払って新幹線に乗っている僕は
まるで映画 「さらば青春の光」 のジミーのようだった。

多重人格とドラッグでフラフラになり、
ロンドンから鉄道でブライトンに向かう、映画のジミーのように。

でも、これでいい。

精神的にキツイ仕事の後、The Whoを感じられたのだから。

嬉しい。

幸せなことだ。


********************

2008年12月某日 夜、

The Whoのドキュメンタリー映画
「The Who - Amazing Journey」 を観る。

ファンにとってはありがたい映画。
丁寧に、丹念に製作しているのがよくわかる。

映画館を出たら、The Whoの曲について最近語り合った友人から携帯にメールがある。 

どこまでもThe Whoな夜だ。

嬉しい。

幸せなことだ。

*********************

2008年11月某日 夜、

単独公演としては初来日となるThe Whoのライブに行く。

大ファンとしては当然だ。

行かないわけがない。

これを逃すと、オリジナルメンバー2人の年齢(60歳超)からいっても、
もう二度と日本で生の演奏は聴けないかもしれないし。

このバンド、
The Whoとしては
僕の生まれた年と同じ1965年にデビューしたから、
もう40年以上になる。

(ドキュメンタリー映画 「The Who - Amazing Journey」 では、その前から別のバンド名でも音楽活動していたことが丹念に描かれている。)

デビュー曲 「I can't explain」 でショウはスタートする。

40年以上も前の曲なのに、今でも全然古臭くない。
ライブの1発目としても、とてもカッコいい。

そして代表曲、ヒット曲を中心に怒涛の演奏が
アンコールも含めれば合計2時間以上、20曲以上、休憩なしで続く――。

「Who Are You」(この日約15年ぶりに偶然会場で再会した某人を連想)
「Behind Blue Eyes」 (生ギターのイントロがかっこいい)
「My Generation」 (デビューアルバムのタイトル曲)
「5:15」 (映画「さらば青春の光」でも使用された名曲)
「Pinball Wizard」 (ロックオペラ映画「トミー」の代表曲)

・・・・・・・ などなど。

手を抜かず、
結構ちゃんとマジメにやっているので、
意外というわけではないけど、何だかとても嬉しくなる。

ピート・タウンゼントの右腕回転ギター奏法も、
ロジャー・ダルトリーのマイクぶんぶん振り回しも、
いっぱいやってくれて満足。

初めて生で観ることができたそのパフォーマンス。

演奏の終わりごろ(最後のアンコール曲の直前)、
水分補給するダルトリーが、
ペットボトルの水ではなく、その時だけは
「A cup of tea, uh」 とか笑いながら言いつつ
カップで何かを飲んでいたのが印象的。

やっぱり中身は紅茶だったんだろうか。
それとも?

アンコールの曲名にかけていたんだろうな。

いずれにしても、
コメントがイングリッシュマンらしくていいなぁと思った次第。


大抵ラストに歌われることが多いという名曲 「Love, Reign O’er Me」 は
後半に入った辺りで演奏された。

この曲の演奏中、ずっとミュージシャン達の背後のスクリーンで、
映画 「さらば青春の光」 の映像がモノクロで流されるニクイ演出――。

この映像と曲は、
僕が16歳だった頃を、UKブライトンの小石だらけの海岸を、
思い出させてくれる――。


モッズファッション、
UK南岸の町ブライトン、
ベンシャーマンのシャツ、
ツィードのジャケット、
三重苦の少年(トミー)、
四重人格(ジミー)、
1960年代のスウィンギン・ロンドン、
映画「さらば青春の光」、
茫然自失状態だった「あのとき」のみなとみらい線、
激しい愛憎と破滅が入り混じった雪の鎌倉駅、
僕の強烈な「16歳@UK」を規定する楽曲群・・・・・・


それらは全て、The Who によって、一本の線でつながっていく――。

この夜、美しい月明かりのもとで、
浜辺は何度も海にキスされた。


*******************

今年はThe Whoを追いかける夜が、いくつもある。

嬉しい。

幸せなことだ。

明日の夜も、美しい月明かりのもとで、
浜辺は何度も海にキスされるだろう。


♪ テーマ曲 「Love, Reign O'er Me」 by The Who ♪

関連記事(今回は下の関連記事も是非ご一読下さい):

「お気に入りロック名盤(8) 「Quadrophenia」(1973)/The Who」
「三重苦の少年」
「チャイナタウンを駆け抜けろ ~横浜もブライトンも~」
「さらば青春の光」
「忘了?」
「アウトローなオンナ 」
「やけど」
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# by y_natsume1 | 2008-12-05 22:28 | Music Bang Bang

見えないことで見えてくることがあるのだろうか?

ある雨の夜、幻想的な夢をみる。

でも、 あれは本当に夢だったんだろうか・・・・。

*****************

深夜、ある酒場のカウンター席。

ねぇ、 メガネ外してみて。

たぶん僕より10歳近く年上の、
スレンダーでかなり美人のドクターは

微笑みながらそう言ったのとほぼ同時に、

僕の青いセルのメガネを、

外す――。



夏目クン、ずっとそのまま。 
いい?



(いや、周りの人たちがどうなってるかボケて全然分からなくなってしまうのですが・・・・/ドクターをこの酒場で見かけるのはもう何度目だろう。 既にほろ酔いらしい。 僕は努めて冷静かつ礼を失しないように接する・・・・)


いいじゃない。
外した方が、絶対カッコいいわよ。



(いや、僕なんかがそんなにカッコいいわけないんでして。 周りが暗いと何とでも言えますね。/ドクターの声はセクシーだ。 女性は男性の「声」に魅かれるというけれど、逆もあるんだな。)


こら、夏目、外してて。 いい?


(はぁ・・・/ しょうがないなぁ、 呼び捨てかぁ、既に命令口調気味・・・・・・)


でもさぁ、夏目クンはなんでいつもメガネしてるの?


(だって見えないですもん、外すと。 /この人、頭おかしいんじゃないか。 目が悪いからに決まってるじゃないか。 なんかぶっ飛んでるな。)


そりゃそうよね。 ごめん、ごめん。
そういう意味じゃなくて、どうしてコンタクトにしないの?ってことなんだけど。



(いやぁ、前はコンタクトだったんですけど、東南アジアに駐在してる時、あんな汗いっぱいかくところで毎日コンタクトするのが面倒くさくなっちゃって、それ以来メガネなんです ・・・・)


僕はぺルノーのソーダ割りのお代わりを頼む。
そしてこの夜3本目のゴロワーズに火をつける。



メガネとると、ホント、山本耕史に似てるよね。 俳優の。
そっくり。
目つきもそうだけど、特に口元が、ね。



そう言いながらドクターは僕の膝に手を置く。
ドキドキする。
彼女はさするように少し手を動かす。
僕のペニスは、直接触れられている訳でもないのに、
それだけで硬く勃起してしまう。


(そうでしょうか? よく言われますが・・・・・ あんなカッコいい人に似ていると言われるのは嬉しいですし光栄ですよ。 でも自分にはどうもそうは思えないし、現実にそれで女性にモテてているわけでもないので実感がないんです・・・・・)


えぇ? 夏目クンはメガネ外した方がカッコいいとは言ったけど、
山本耕史がカッコイイなんていつ言った?
確かに似てるとは言ったけどさぁ(笑)。



(そんなぁ。 /そうくるかよ・・・・。 遊ばれてるんだろうか。 どっちにしても酔ってるんだろうな。 会話がよくわからん。 もうどうにでもして下さい。苦笑)




おい、夏目、メガネ外してるとどこからボヤけてくる(笑)?
わたしの顔は?
この距離なら表情はなんとかわかる?
ふーん。 
でもボケてるぐらいでいいの、 いいの。



(そしてこのセリフを言う時だけ真顔になって)

物事はねぇ、
見えすぎちゃいけないのよ・・・・・。



(え?)


夏目クン、 そのまま。


―― そう言ったきり ドクターは、 
         黙ってゆっくりと両腕を僕の首に巻きつける・・・。

*******************

僕たちが存在する第37惑星ではこういう幻想的な夢が進行していて、
それはコロニーであるサイドセブンにも当然のように押し寄せていたのだが、
僕は、ちょうどこれからその女性と・・・・というところで
その夢から覚めてしまう。


湿気と愛憎とジャコウ(ムスク)の香りが漂っている空間。
外ではまだ雨が降っている。


”物事は、 見えすぎちゃいけない――”。

ふ~ん。  

でも、 あれは本当に夢だったんだろうか? 


いや、待ってくれ。 おかしい。

だって、僕の左目は夢から覚めたはずなのに
血まみれで見えないのだ。

実父が左目を失ったのも、
たぶんこんな感じだったんだろうといわんばかりの狂気の沙汰だ。

まさか、あの 「アウトローなオンナ」 が突然現れて、
ホントに僕の左目を撃ったとでもいうのか。


僕は、見える右目と見えない左目で
これから何を見に、
そして、どこへ行けば いいのだろう?

見えない目で見るべきものは何だ?
見えすぎちゃいけないって、どういうことだ?

見えないことで見えてくることがあるとでも いうのだろうか?


教えてくれ、 オパール。

そこに、

そこに  いるんだろ?

♪ テーマ曲 「雨の街を」 by 荒井由実 ♪

関連記事:
「まさに酔っ払い日誌」
「久しぶりのお気に入り時代劇」
「メガネを外してごらんよ」
「アウトローなオンナ」
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# by y_natsume1 | 2008-11-30 17:35 | Back Street Days

タイムマシン

僕はふと思うことがある。

自分がまるでタイムマシンにでも乗って
実年齢とは少し異なる時代を
擬似的に行き来しているかのような錯覚を
ときどき抱くってことを。


中学の頃は、戦前どころか明治か大正時代(?)に建ったような、
ものすごく古い、兵舎のような木造平屋建て校舎で過ごした。

おかげで木のぬくもりや、便所が汚くてとても臭いことを学んだ。
今考えると当時でもなかなかあり得ない建築物だった。
僕らが卒業して何年もしないうちに鉄筋コンクリートに建て替えられた。


小学生の頃(1970年代前半)は
TVで放映される、1950年代~1960年代の映画を観まくった。
まるで1950年代~1960年代にリアルタイムで生きていたみたいに。

だから、あの頃何本も観ていた映画のことを、
例えば日活アクション映画やジョン・ウェインの西部劇なんかを
微に入り細に入り語りまくると、
お前、世代が一つか二つ、確実に違うくねぇか、などと言われるほどだ。


今、僕は40代なのに、京都や奈良の神社仏閣を訪ねるのが趣味だ。
それもとても強い気持で。
写経は20代の頃からやっていて時々鎌倉長谷寺でも写経するほど。

その点ではまるで僕は
会社をリタイヤした団塊の世代か、老成した人間みたいだ、
と言う友人知人もいる。
別に神社仏閣が好きなのはシニア世代だけじゃないだろうに。


僕は実父と3歳の頃に別れた。
今から3年前、僕が40歳のとき、いろんな事情で37年ぶりに再会した。
僕はその頃から、「37年前の未来」うんぬんという表現を自然と使うようになった。

四国と東京で距離的には離れているが、
再会以来、実父との37年間の空白期間を埋めるが如く過ごしている
この3年間は、
僕にとっては未体験の、「未来」そのものだからだ。

再会以来、僕は彼の子供になっている (若返るというのともちょっと違うけど)。
再会以来、実父は僕の父親になっている。

空白の37年間を埋める行為、やり直している行為、ではあるけれど、
決して過去そのものをなぞる行為ではなく、
お互い、新しい、未体験ゾーンの行為だ。

だから、「37年前の未来」 という表現でいいのだ。



僕は、もしかしたら擬似的ではなく本当にタイムマシンか、
タイムマシンもどきにでも乗っているのだろうか。

自分の実年齢と、ちょっと違う時代に行き来して生きるみたいに。

そんなようなことを僕が言ったら、
そばにいた相方がこちらを振り向きもせずに、
ただ ひとこと、小さな声で、 つぶやいた――。



「乗ってたんじゃないの?」


♪ テーマ曲 「タイムマシンにおねがい」 by サディスティックミカバンド ♪

関連記事:

「いにしえの 春日の森の 神の空間(くに)」
「28種類の色彩 41個の惑星 37年前の四国」
「気狂い桜のトンネルを 夜風と共に 駆け抜けろ」
「シンガポール出張 (7) ~チャイナタウンの休日~」
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# by y_natsume1 | 2008-11-27 20:28 | 日々の雑文

ウルトラマン商店街

2008年11月23日(日)。

初めて祖師ヶ谷大蔵の、通称「ウルトラマン商店街」
王子と一緒に行ってみる。

位置的には東京都世田谷区(西の方)にあり、小田急線沿線。

この近くには東宝撮影所があるし、
かつての円谷プロや円谷英次の自宅などがあった関係で、
ウルトラマン商店街と称しているらしい。

商店街の途中には
とんねるずの木梨さんの実家である自転車屋さん(木梨サイクル)もある。

しかし・・・・・・

駅の中のウルトラマンたちのポスター写真、

駅前のウルトラマンの銅像、

怪獣やウルトラマンのシルエットをあしらった商店街ののぼり、

ウルトラマングッズを扱っているカフェメロディ(Shot M78)はじめ、
数軒のお店・・・・・

などがあるにはあるが、
それら以外は商店街には取り立てて
ウルトラシリーズを彷彿とさせるすごい施設は特になく、
ちょいと期待ハズレ。

いや、期待し過ぎてはいかんのだな。

当たり前といえば当たり前か。

上に挙げたことでも十分ウルトラマン商店街なんだろうし、
そもそもここは普通の商店街だったのだ。

それでも、カフェメロディは行ってみて良かった。

子供だけでなく大人のファンも結構来ているし、
大きなスクリーンでウルトラマンダイナの映像を流してたし、
いろんなウルトラマン関連商品を売っていたし。

探してたウルトラマンネクサス関連のグッズはやはりなさそう。

ネクサスは視聴率悪かったし、内容がシリアス過ぎたからなぁ。
どこに行っても見つからないか、あったとしても極端に品薄なのだ。

また別のところで探すとしよう。

せめて、ということでカフェメロディでは
ガンQ(という怪獣)のフィギュアを王子に買ってあげる。


祖師ヶ谷大蔵駅の改札の中にある、
柱に貼られた何枚かの大きなポスター写真をとても気に入る。

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王子、これにはかなり感動。
帰り際、スペシウム光線のポーズでポスターの前で写真を撮る。

後で思ったが、
バルタン星人のポスターもちゃんと撮っときゃよかったかな。

ほのぼのと平和な、 日曜の、 午後。

幸せな気分で、M78星雲ひかりの国に思いを馳せる。


♪ テーマ曲 「英雄」 (ウルトラマンネクサスの主題歌) by doa ♪

関連記事:
「どんちゅう~♪」
「もっと売れて欲しいバンド doa」
「ウルトラセブンX」
「おそるべし 円谷プロ」
「ひかりの国から 僕らのために」
「ウルトラマンメビウス観に行くぞ」
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# by y_natsume1 | 2008-11-23 17:34 | 日々の雑文

どんちゅう~ ♪

2008年11月9日(日) 朝。

王子(6歳、幼稚園年長)は口ずさむ。

「♪ どんちゅう!  こころの りむむ とびちる ばたふあい  かぜがぁ むにゃむにゃになってぇ ・・・・♪」

その曲、よく覚えてたねぇ。

うん。 パパがよく歌ってるし、車でもかけてるから。

コブクロでしょ?

違うんだけど・・・・・。

doa だよ、 ドア。 

(ウルトラマン)ネクサスの主題歌もこのバンドだったじゃん。

改めてこの曲をPCでかけてあげる――。


「・・・・・・・福山雅治の声にそっくりだね。 もしかして福山?」(相方)

だから違うって。 

doa だよ、 ドア。 

「B’Zにも似てるよね(笑)」 (相方)

分かっててわざと言ってる。

そりゃ、
doaの3人のうち2人がB’Zのバックでサポートメンバーやってたからな。
似てるっていうより、本人たちのサウンドそのまんまだ。

「ううん、コブクロ。 どんちゅ~はコブクロ」(王子)

違うってば。 doa だよ、 ドア。 

(コブクロは相方の大のお気に入りで、僕は聴かないけど、昼間の母親との接し具合から王子にとっては音楽といえばコブクロなのかもしれない・・・・・。 )

「doaでしょ。 いつも言ってるもんね。 ワタシはわかってるよ」 (姫、10歳、小学4年生)。

ありがと。 キミだけだな、分かってくれてるのは(溜め息)。

どんちゅう~♪  

緑色の蝶は、 今ごろ、 どうしているだろう?
バレッタは少しでも元気をもたらしただろうか。
心から息災を、 祈ろう。

日曜の朝、 曇り空。

どんちゅう ♪


♪ テーマ曲 「心のリズム飛び散るバタフライ」 by doa ♪

関連記事:
「もっと売れて欲しいバンド doa 」
「キャメロンの蝶は 三日月に吠えたのか」
「28種類の色彩 41個の惑星 38年前の四国」
「昼間にシェリーを 砂漠にはバレッタを」
「忘了?」
「魔性の都市で杯を (4) 最終回」
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# by y_natsume1 | 2008-11-09 10:54 | Music Bang Bang

お菓子くれないとイタズラするよん

2008年10月31日(金) 夜。

自宅の近辺では毎年、この時期の夜に、ハロウィンが催される。

うちからそれほど遠くない所にインターナショナルスクールがあるせいか、
もともと大使館勤務や外資系企業勤務とおぼしき外国人の家族が
わりと近所に多く住んでいる。

(特に大使館関係はすんごく多いみたい。)

(ちなみに、僕は元々そんなハイソな人間ではないけれど、相方がこの辺りに近い、下町出身なので、マレーシア駐在から帰国してからこの地域に住むようになっただけ。 )

15年か20年ぐらい前から、この地域の外国人の方々を中心に、
自然発生的にハロウィンをやるようになったそうだ。

今では僕らの子供たちのように、近所の普通の日本人家庭も参加している。

それなりに地域で合意した(というより自然にそうなった)決まりごともある。

子供たちは交通事故に気をつけて、必ず光り物を身につけて歩く。
保護者同伴で歩く。
お菓子をもらう家は、カボチャのオブジェをぶら下げたところだけ(OKのサインだ)。

歩いている子供たちは仮装していて楽しそう。

外国人が住む家ではイルミネーションというか飾り付けがしてあって、
幻想的でキレイ。

うちの4軒右隣のブラジル人のおうちにもイルミネーションが少しばかり。

うちの王子は午後や夕方、幼稚園から帰った後で
ここのブラジル人の3姉弟とよく遊んでいる。

お母さんがブラジル大使館勤務。
遊ぶ時は日本語。
DSを返す、返さない、もう返したはず、など、
トラブルがあるとポルトガル語で逃げられる。
王子の今後の対応や、いかに(笑)。


そいでもって、この夜、
僕は一人、早めに帰宅して酒(赤ワイン)を飲みながら留守番。
ブルーチーズ、タコのマリネ、ソーセージ、オリーブの塩漬け、バゲット。

(最近は激しい遊びとCD買いまくりのバチが当たり、個人的金融危機。 金曜といえども うち飲みが増えている。)



・・・・・・・夜9時ごろ、
姫と王子が無事に帰ってきて、
早速カボチャの袋から大量のお菓子を出して並べる。

近所に外国人の家庭が多いせいか、
普段、スーパーなんかで見ないような、
珍しい外国のお菓子が結構ある。

僕は見たことのない包装紙のビターチョコをとって口に入れる。

ワインに合う。
ほろ酔いオヤジ。

窓の外を見る。
月は、出ているかなぁ?
新月から2、3日しか経っていないから、見えないかも?


お菓子くれないと、イタズラするぞ、って、言いたくなる。

本音としてはむしろ、イタズラの方が好みだったりして。

いったい、
誰に向かって、
言いたくなったんでしょうねぇ・・・・・(笑)。

♪ テーマ曲 「And I Lover Her」 by Georgie Fame ♪
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# by y_natsume1 | 2008-11-01 09:04 | 日々の雑文

湯船に   つかる

2008年10月某日。 

週末の午後4時ごろ、 
まだ日の明るいうちに、
歩いて近くにある銭湯に行く。

結構混んでいる。

ここは某芸能人も時々来るというし(確かに近くに住んでるけどホンマかいな)、
義母がよく入りに来ていて、彼女は番台のご主人とも互いに顔見知り。

そんな関係もあって、僕もこの銭湯にはよく来る。


体を洗ったあと、
湯船につかる。

決してものすごく大きくはないが、
自宅の湯船よりは確実に数倍は大きい。

ゆっくりと、脱力感を味わう。

ほけーっとする。

自宅から歩いていける距離に、
まだ昔ながらの銭湯があるのは嬉しい。

この銭湯が簡単につぶれないよう、
繁盛していて欲しい気持も込めて、
時々家の風呂ではなく、わざわざ銭湯にやって来る。

気分転換にもいい。

風呂から上がったら、
定番、 瓶入りのコーヒー牛乳を買って番台近くで飲む。

グイっとね。

至福の時である。

秋の、夕刻、  体は  ほてる。

♪ テーマ曲 「それだけの秋」 by 清須邦義 ♪ 
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# by y_natsume1 | 2008-10-25 18:09 | 日々の雑文

東の塔は 墨絵の如く

いまだに9月の記事をゆっくりUPだけど、ご容赦を。
ようやく3部作の最終回。
そんな たいそうなもんじゃないけどね。

******************

2008年9月某日。 

先日の記事の続き。 その翌日。

近鉄 西の京駅 から歩いてすぐの薬師寺へ。

着いた頃には雨も上がり、
濡れた地面と雨上がりの匂いがとても心地良い。

金堂内の薬師三尊像。

中央の薬師如来に向かって右側にある、日光菩薩。
左側にある、月光(がっこう)菩薩。

太陽と月の脇侍。

両者とも、
腰の辺りがちょっとひねってあって、
妙になまめかしく、色っぽい。

特に、月光菩薩。

仏像を見てセクシーと言うのも変かもしれないけれど、
初めて見た月光菩薩はことのほか色っぽくて、
そう感じるのだから仕方がない。

僕は気でもふれたのか、ふとどきにも、
ペニスを硬く勃起させてしまい、
この金堂の中で
月光菩薩を犯したくなる。

それほど美しいということだ。


菩薩はもともと悲や母性を表現しているそうだから、
女性として扱われることが多いとしても、
「仏」に本来性別はなく、
「菩薩」は釈迦の若い頃の修行時代の姿のはずだ。

なのに月光菩薩はどこか性的な魅力を持っている。

あるいは男性の姿と女性(母性)の心を持つ、
中性的な魅力といったら少々的外れな表現か。

とにかく、官能的なんだ。


数ヶ月前に東京に来たとき(注)、見とくんだったか?

いや、 でも、それはそれで良かったのかもしれない。

展覧会で見るのも決して悪くないけれど、

薬師寺という、本来の空間で見ることができるのも、
それはそれでいいのだ、と。

(注)
あとで友人と話していたら、この三尊像は2008年3月ごろから、東京の博物館にお出ましになっていたらしい。 そしてそれは史上初のことなのだという。 僕は仕事が忙しい時期で、メディアに薬師寺関係の話題が出てるなぁ位には思っていたけれど、結局行かずじまい。 まさかその仏像がこれだったとは。 意識していなかっただけに、何かに導かれるように今回この時期に薬師寺を訪れて本当に良かったと思う。 いつかは観ることになる運命だったのかもしれない。 無知だったし計画性も何もなかったのだけど、結果として仏像様たちが関東に旅に出ておられる時期でなく、薬師寺に戻った後の時期に来れて、幸運だった。 



・・・・・ 月光菩薩に見ほれつつ、
そのまま金堂の中から後ろを振り返ると
中門とその両側に塔が2つ、視界に入る。

なんて美しい光景なんだろう。


・・・・・・薬師寺の西塔は1981年に再建された。
だから建築物自体としてはまだ新しい。
カラフルで朱(丹色)や緑(青色)に彩られていて、まさに、「青丹よし」。
キレイだ。


一方、東塔は薬師寺の建築物の中でも唯一
奈良時代の創建当時から現存しているものだそうで、
写真と違って実際に観ると、こちらはカラフルどころか色彩的にはまるで墨絵のような、
古きモノトーンの美しさ。

雨上がりで濡れているせいか、
東塔の墨絵のような佇まいが、ことのほか優美に感じられる。

東塔と西塔。

まるで印象の異なる2つの塔。

どちらも美しいけど、どちらかといえば僕は
シンプルでモノトーンの東塔の方が好きだ。

(旅から帰った後、再建を中心になって担当した西岡棟梁の言葉を知って、再建された西塔を、今はまだどうこう言うべきではないのかもしれない、ということを思いしったんだけどね・・・。)


・・・・・・ さて、この寺を出て、どうしようか。

濡れた石畳を少しずつ、歩む。

東の国に帰る時間までまだもう少し、ある。
月が出るにも、早い時間だ。

日本酒を、頂くとしますかね。

こんなに美しいものを観たんだから、
平静で素面でなんか、いられるわけがない。

飲みたい。

大和路の空間に、 酔おう。


♪テーマ曲 「瀧 ~waterfall~」 (藤原道山) by 古武道 ♪
♪テーマ曲 「空に咲く花」 (古川展生) by 古武道 ♪
♪テーマ曲 「風の都」 (妹尾武) by 古武道 ♪
♪テーマ曲 「それだけの秋」 by 清須邦義 ♪

(奈良関係の連載記事  終わり)

関連記事:
「いにしえの 春日の森の 神の空間(くに)」
「大和路の 夕陽に映える 寺を見る」
「東の塔は 墨絵の如く」



<追記>

西塔の再建は西岡常一氏という宮大工を中心になされたそうである。

さすが法隆寺・昭和の大修理をも担った西岡棟梁の、
大変なお仕事がしのばれる。

しかも、西岡棟梁は西塔ができあがってもちっとも喜ばず、何百年か経ってみないと今は良いも悪いも言いようがない、とおっしゃったそうな。 

対の東塔は千三百年前に建ったものだから、西塔の評価も何百年か経たないと、何も言えないということ。

すごい。

その言葉。
 
哲学も文化も歴史も、
謙虚にわきまえている、宮大工の重みのある言葉ではなかろうか。
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# by y_natsume1 | 2008-10-21 19:52 | アジア的独白

十六夜の月を  探し出せ!

2008年10月16日(木)。

この日は月子さん(仮名、注)の命日。

もうちょっと正確に言えば、
10月15日の深夜、 
16日の午前零時半ごろ。

**************

今月、神様は江戸にはいない。

全国の神々は出雲に集まって何やら話をしているらしい。

だから、(出雲以外の場所では、) 今月は神無月と呼ばれる、らしい。

月子さんが生前、一番好きだった曲、
ナット・キング・コールの 「キサス・キサス・キサス」 をかける。

香を焚く。

冥福を祈る。

夜空を見て、月を、 探す。

**************


NHKのテレビ時代劇、「陽炎の辻 2」を観ていると、
江戸時代の、吉原のしきたりが出てくる。

旧暦8月(新暦の9月)の中秋の名月(十五夜)のときだけは、
男性客がそれなりのお金を払えば、
吉原の売れっ子を一夜中独り占めすることができたそうだ。

もちろん、女性の側の同意が必要。
お金を積まれても、いくらひいきのお客でも、
相手の男を気に入らなければ断ってもいい。

その代わり、いったん中秋の名月(十五夜)で独り占めしたら、
翌月9月(新暦では10月)の十六夜でもう一度、
男はまたも大金をはたいて登楼するか、
お月見に女性を外に連れ出さないといけないんだそうだ。

普段、吉原の遊女は吉原の外になんか出られやしないけど、
このときだけは特別だったらしい。

今で言う、店外デート?

吉原への登楼だけでいいのか、外にお月見に連れ出さなきゃいけないのか、
どっちでもいいのか、
そこらへんはよくわからないけど。

いずれにしても、
十五夜の片方だけではだめという考えを、吉原がうまく利用したのだろう。

十五夜の月だけ見て翌月の十六夜の月を祝わないのは、
片月見といって嫌われたからなんだそうな。

後(のち)の月、という風習らしい。


現代だって、十五夜の月を愛でたカップルが、
いろんな事情はあろうとも、とにかく、
翌月の十六夜の月も、同じ相手と一緒に祝うことができれば、
それはステキなことだろう。

そうなるよう、応援したくなる。

もちろん、お月見は、天気にもよるんだろうけどさ。


*************


そいでもって、月は、 どこだ ?
今夜は月暦からすると、十六夜の月 のはずだけど?

月子さんと十六夜の月。


11年前の、
クアラルンプール チャイナタウンの深夜を、
僕は  忘れていない。


あのときは、 月を見上げる余裕すら、 

なかった。

あるかよ、 そんなもん。

バカヤロウ。

ムスリムの国にいても、
毎夜その象徴を探そうとする気持ちなんて、

なかったさ。


♪ テーマ曲 「キサス・キサス・キサス」 by ナット・キング・コール ♪


関連記事:
「月子さんのお話(4) ~遊郭の夕べ~」
「神無月は見えているか?」
「緊急事態」

(注)

今回のブログ記事では、「月子さん(仮名)」 は自分の実母のことだ。

けれど、記事内容によっては、「月子さん」が常に実母を表わすとは限らない。 想像上の人のこともあれば、既にこの世にいない人のこともあるし、まったく別の、実在している人の場合もある。 書いている記事内容によって月子さんという人は変化自在なのだ。

僕には実母、継母、義母と3人の母親がいる。 
だから僕のブログでは区別するために単に母ではなく実母と書くことも時々ある。 

継母と義母はありがたいことに、今も息災だ。
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# by y_natsume1 | 2008-10-16 19:54 | Moon

ほどほどがよいのだ  ~僕の幸せな時間~

いつからだろう、 「中庸」 というコンセプトが好きだ。

常に自分ができているとは限らないけれど、
理想としてはできるだけそういう状態を目指したいと思っている。

「中庸」 は決してどっちつかずの中途半端を意味するのではない。

真ん中の平均値をとればいいというものでもない。

絶妙なバランスの上に立った、程よい状態のことをいう。

ころあい、だ。

何事もやり過ぎてはいけない。

たとえ自分が心底好きなことでも。

映画も、音楽も、鑑賞し過ぎはよくない。

過ぎたるは及ばざるがごとし。

やらなさ過ぎてもいけないけど。 

***************

例えば、音楽。

ジョギングしている時や朝夕の通勤で歩いている時でさえ
携帯プレーヤーで聴くほどのものなのか。

まるで強迫観念があるみたいに。

聴き過ぎると、飽きるよ。

聴き過ぎると、せっかく好きな音楽なのに、
離れたくなる時期ができてしまうよ。

ときどきは、
BGMなしで周りの風景を見て、町の匂いをかぎ、自然の音を聞き、
シンプルに空間全体を感じている場面が、あってもいいと思うのだが。

何より、

(地方の安全な場所ならいざ知らず) 
都内で
音楽聴きながら走ったり歩いたりするなんて、

車や自転車の音が聞こえにくくて、
けっこう危ない。 

気づいてないんだろうか。

道の真ん中で悠々と歩いてるけど、後ろから来てる車に。

他人様にも迷惑だ。

満員電車の中だと新聞さえ読めないことも多いから、
そういう場合は携帯プレーヤーで音楽を、というぐらいは分かるんだけど。



恐れずに、たまには、「静寂」 を見つけて、
それを愛せばいい。

静けさは、ときには必要だ。

現代の東京は音の暴力といってもいいぐらい、うるさ過ぎるのだ。

テレビ番組も、街中の店舗も、飲食店も。


(誰かが某新聞記事でインタビューにこたえていたけど、だいたい、今のマスコミは事実を伝えるというインフォメーションと、娯楽を提供するエンターテインメントとを、ニュース報道において混同し過ぎているんじゃなかろうか? だからキャスターたちもあんなにせわしなく、けたたましいんじゃないのか? それこそ、たまには小津安二郎の昔の映画を観て、女優の台詞のしゃべり方やイントネーションを観察してみろと言いたくなる。 今は周りのすばやい流れに合わせなきゃいけないから、そんなの観察したってどうしようもないのかもしれないけど。 ) 



例えば、映画。

観過ぎると、本当に肝心な所で映画の良さを素直に楽しめなくなる。

不感症になる。
麻痺する。

何が良いのか分かりにくくなる。

映画マニアになり過ぎてもいけない。

これは数年前に読んだ、立川志らくの「現代映画聖書」(講談社)で
志らく自身も書いていることだ。

同じようなことを考える映画ファンもいるもんだなと思った。



・・・・・・ たまには違う何かを楽しもう。

映画や音楽ではなく、
絵や仏教美術や写経やお香などが、

かえって映画や音楽の良さを思い出させてくれることもある。


最近の僕の行動パターンとしては、

いくら映画や音楽が大好きでも、
意識的に引く時を設ける。

全くの静寂のまま、過ごす時間を作る。

僕が時々鎌倉の某小料理屋に行くのも、
そこがとても静かで BGMなどないからだし、

長谷寺や自宅で写経するのも、お寺に行くのも、お香を焚くのも、
静けさと瞑想を楽しませてもらっているからだ。


静寂は大切だ。

穏やかな気分になり、それがある種の幸せにもつながる。


大好きな音楽さえかけず、
車の騒音も聞こえず(居場所にもよるけど)、
テレビを消して、ニュースキャスターの下品で幼稚なコメントを遮断して、

静かに朝の自宅の空間で、

コーヒーを飲みながら新聞を読む感性が、

次の音楽や仕事や遊びへの期待値を膨らませてくれることだってある。

そう信じている。

ジャンプするにも屈伸が必要だ。


逆に、アコースティックな音楽を意識的にかける朝もある。

もちろん、毎日ではなく、ときどきだけど。

緑茶やコーヒーを飲みつつ、
馴染みのフーやジャズをかけるのではなく(そういうのも悪くないけど)、
インディーズ系レーベルの静かでフォーキーな
アメリカン・ルーツ・ミュージックをかけてみるのも結構いい。

アメリカン・ルーツ・ミュージックっていうか、
ポスト何とかでもオルタナティブ何とかでも、呼び名は何でもいい。

ジャンル分け不能・不要の、とにかく音楽だ。


ポートランドやオースティン、メンフィス辺りの
独立系マイナーレーベルには、
日本の一般消費者やメジャー市場にはそれほど知られていないけど、
とてもデキの良いアコースティックな音楽がごろごろ転がっている。

そういうのをかける。

Ida
M.Ward
Joe Henry
Neal Casal
Stanley Smith
Luther Russell
Innocence Mission
Red House Painters

などなど。

チェロのソロ演奏や、ボサノバ、1960年代の映画サントラもいい。

コーヒーを飲みながらこういう音楽をかけて過ごしていると、
とても幸せになる。

出勤しなきゃいけない平日の朝になんか かけると、
かえって休日と本気で勘違いしそうになる音楽ばかりだから、
働く日の朝はちょっと注意が必要だけど。

一度本当にそういう日があった。 
自分でも大ボケかましそうになって苦笑した。 
慌てて会社に行こうと玄関を出た。

心地良すぎて、トリップしてしまったのだ。 

まるで上の空というか、風流に生きるロマンチスト過ぎてもいけない。 

それこそ中庸の考えが大切で、

社会に出てしっかり仕事するリアリストと
風流に生きるロマンチストとの、

バランスをうまく取っていたいもんだが。 



こういった朝の過ごし方は、

決して満員電車での携帯プレーヤーではあり得ないし、

車が行き交う道でジョギングしながら(あるいは歩きながら)、
独りよがりに鑑賞するヘッドホン音楽でもあり得ない。

「空間」 が大切な要素でもあるからだ。



************

とにかく、物事は、

やり過ぎてはいけない。

やらなさ過ぎてもいけない。

健康の面でも、食べ過ぎや飲み過ぎがいけないように。

じゃぁ、
「アレ」 をやり過ぎたらいけない、とでもいうのだろうか? 
人を好きになり過ぎてはいけない、とでもいうのだろうか?

って話に、すぐ なりそうだな。

どうなんだろうねぇ?

       What's your thought on this ?

♪ テーマ曲 「transfiguration #1」 by M. Ward♪
♪ テーマ曲 「Parker's Mood」 by Joe Henry ♪
♪ テーマ曲 「Down On Your Back」 by Ida ♪

関連記事:
「伊達政宗五常訓」
「雨の古都 鎌倉」
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# by y_natsume1 | 2008-10-12 14:23 | 日々の雑文

大和路の 夕陽に映える 寺を見る

2008年9月某日。 大和路。

先日の記事の続き。

春日の森から北へ歩くと、
やがて東大寺に至る。

南大門の金剛力士像に見とれつつ、
視線を北に移し、
門の位置から金堂(大仏殿)を見上げる。

大きい。

巨大だ。

なんて大きいんだろう。

大きさそのものに感動する。

(そういうふうに管理しているのだろうから当たり前といえば当たり前だけど)

周りに金堂の景観を邪魔するような大きなビルなどがなく、
視界がさえぎられていないのが、いい。

あたりの空気が澄んでいて、澱みがない。
そんなふうに強く感じる。

広々としたこのあたりの空間は、
そして高く突き抜けるような空は、

この寺の大きさを堪能するのに必要な、
良い意味での 「余白」 みたいなものなのかもしれない。

それも、 とても大きな余白。
それだけ大きな余白が、ここには必要なのだと主張するかのごとく。

やっぱり、時間よりも空間が必要なんだろうな。

空間を維持すること。
空間を移動すること。
空間を味わうこと。


大仏様も、奈良を訪れること自体も、
僕は小学校の修学旅行で来て以来。

約30年ぶり。

奈良の観光地の中でも最も基本的、典型的なお寺で、
いわば、ありふれた「ベタな」ところなのだけど、
だからこそ良い。

来てみて本当に良かった。


・・・・・・ 東西の二つの七重の塔は、現存していない。

今ここには ない。

それこそ、タイムマシンに乗って
この目で観てみたいものだが。


現代の建築基準法では再建が難しいのだそうだ。

建築基準法を満たすために
鉄筋コンクリートなら技術的にできないこともない、
けれど、木造でやらないのなら、
再建する意味が違ってきてしまう、
それでいいのか悪いのか・・・・・。

薬師寺の西塔は最近再建されたけど、
あれはどうなってるんだろうなぁと思ったり。


・・・・・・大仏様を鑑賞し、
金堂を出て右の方角を見たら、
さっきはそれほどでもなかった夕陽が
より一層 オレンジ色に輝いている。

美しい。

さえぎる物は何もない。

もしこの瞬間、東塔や西塔が現存していたら、
この夕陽はどんなふうに見えるのだろうと思う。

夕陽は隠されてしまうのだろうか。

それとも、良い角度で塔は西日を称えるだろうか。



・・・・・・ もう少ししたら、夜の帳が降りるだろう。

真っ暗になるだろう。

暗くなれば僕はこの広々とした空間に思いを馳せながら、
酒を飲むつもりだ。

燗がいい。

やがてしたたかに酔っ払った僕は
さらに酒を口にふくんだまま、
この世とあの世のはざまの参道を
猛スピードで逆方向に駆け抜けて、
どこかに必ずいるはずの月子さん(仮名)のところまで行きたくなるだろう。

自分の口に含んだ清めの酒を
口移しで月子さんに直接届けるために。

だってそうすれば、この大和路の夜空に、
妖しい赤い月を 見ることが できるかもしれないじゃないか。

そうだろ。

いや、きっとそうだ。

そう信じたい。


そのとき 酒は もはや清めの酒ではなく、

いにしえの都を、夜の間だけ
異次元の妖しい空間と感じるための、
官能的な媚薬に変化(へんげ)していることだろう。


もうすぐ、

僕のようなエトランジェ(=よそ者)にとっての夜が、

やってくる。

「旅人の夜」 という異次元の空間が、

やって来そうなのだ――。

A stranger in the night


♪ テーマ曲 「赤とんぼ」 (山田耕筰・作曲) by 妹尾武 ♪
♪ テーマ曲 「My Favorite Things」 by John Coltrane ♪
♪ テーマ曲 「Strangers In The Night」 by Frank Sinatra ♪


(つづく)

関連記事:
「いにしえの 春日の森の 神の空間(くに)」
「大和路の 夕陽に映える 寺を見る」
「東の塔は 墨絵の如く」
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# by y_natsume1 | 2008-10-08 21:33 | アジア的独白

お肌のお手入れ  してますか?

久しぶりに旧友たちとの飲み会があり、

そのうち何人かの女性から、

「ちょっとぉ、 相変わらず肌がきれいねぇ、手もすっごくきれいだしさぁ」

「顔だって ゆで卵むいたみたいにツルツルじゃない」

「なんかやってるの? どうやって手入れしてるの?」

「もったいつけずに何やってるか聞かせてよ」

「それにさ、なんか表情が穏やかになったね。 なんかあった?」


・・・・・・・ 矢継ぎ早の質問である。

もちろん、この 「肌がきれい」 という彼女たちのお言葉には
「40歳代の男の割には」 という注釈が暗黙のうちに当然つくのであって、
決して20代、30代の頃の僕と
全く同じと言っているわけではない(だろうな、たぶん)。

とにかく、40代ともなれば、(いや、40代ならずとも、か)
お肌についてやはり女性たちは関心があるのだろう。

僕はあまり関心がない。
お肌に良いことや手入れなど、僕は特になーんにもしていない、はず。

(アレルギーや何かの皮膚病ならいざ知らず、
そういうのでもないのに普段から肌のこと気にしてる男というのも気持悪いかも?)

逆にお肌の大敵、明け方まで飲んでるし、
タバコもしっかり吸っている。

あえて言えば、
毎年、秋冬の時期だけ
乾燥防止のために風呂上りに顔と手の甲に
普通の市販のクリーム(近江兄弟社のメンターム)を塗る程度。

それだけだ。

他には思い浮かばない。


表情が穏やかになったのは、
(もし言われるようにそれが本当なら)たぶん、
転職したのが (いくつか問題はあろうとも)、
全体的な方向性としてはまぁ、良かったのかもしれない。


極端に負荷のかかったストレスが減ったせいで、
穏やかな表情になってきただけでなく、
お肌にも良い影響が現れたのだ、
ということは言えるかもしれないけどね。



で、帰宅して、 考えてみた。

この数ヶ月で、他に何か変わったこと。

あったっけなぁ・・・・・?











・・・・・・ あ、 あるにはあった。

四国にいる実父の影響で、
サプリメントをいくつか飲み始めた。

ウコン、セサミン、アミノ酸のシトルリンとかいうやつ。

この3種類は毎朝飲んでいる。

(実の父とは今から3年前、僕が40歳のときに37年ぶりに再会した。 そのとき彼も僕の手を見て、しみじみと、キレイな手ぇしとるのぉ、と言っていたなぁ。)


けどなぁ、

元々僕は新陳代謝が良いらしく、
ちょいとスパイシーな食事をすればすぐに頭から大汗をかくし、
毎日快便だし(一日に2回も3回もお通じがあることも珍しくない)。

だから、サプリメントが直接の理由というよりも、
もともとそういう体質で、恵まれているから、じゃないかと。

そういう健康体に産んでくれた親に感謝している。

それと、毎日の何気ない食生活や、
生き方そのものなんかも、結局は関係してくるのかもしれない。

「生活習慣が人の心と体を作る」 ・・・・By ドクター日野原センセ。

習慣に加えて、環境も大きいんだろうな。

サプリメントは、飲まないよりは飲んだ方がいいんだろうけどね。
文字通りサプリメントは「補助」にしか過ぎないんだろうけど。


あと、
潤いのあるお肌に意外にも影響しているのは、
もしかしたらサプリメントなんかより、
むしろ、

「アレ」

なのかも・・・・・・?

♪ テーマ曲 「The Lakes of Canada」 by The Innocence Mission ♪
♪ テーマ曲 「Victor Jara's Hands」 by Calexico ♪
♪ テーマ曲 「Two Silver Trees」 by Calexico ♪
♪ テーマ曲 「The News About William」 by Calexico ♪
♪ テーマ曲 「Between Days」 by Red House Painters ♪

(追記) 
「アレ」は皆さんで勝手にご想像下さい(笑)。 いろんな「アレ」が考えられるでしょうね。


ちなみに、先日うちの王子の幼稚園運動会でチョー有名芸能人S氏を今年も見かけた。
父兄参加の大玉転がしで同じチームで、僕の次にS氏が走ったんだけど。
そばで見てもS氏の肌はきれいだった。 とても御齢50代には見えない。
僕と違って全然お腹も出ていないし、ジーンズは似合うし、かっくいい。
「子供が2人いると(年長さん父兄の競技と年少さん父兄の競技)どっちも出なきゃいけないから大変なんですよねぇ(笑)」 なんてS氏本人は爽やかに言いながら微笑を。 そう言うS氏のお肌はつやつやでありましたぜぃ。 
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# by y_natsume1 | 2008-10-05 13:33 | 日々の雑文

映画 「おくりびと」 ~チェロと食い物の音と余貴美子~

2008年10月某日。

映画 「おくりびと」 を観る。

先日の僕のブログ記事で書いたように、
鎌倉・光明寺で古武道のライブがあった。

そこでチェリストの古川展生さんが、
この映画のサントラ音楽で演奏してきましたよ、というお話があったし、

もともと、人の死生観がテーマのこういう映画は
宗教や文化は違っても外国にも訴えかけるものがあるのでは、と思うし、
前からぜひ観たいと思ってた。


それにしても、チェロの音は美しい。

それにしても、食い物の音はリアルに感じさせる。

それにしても、余貴美子さんのジーンズに長い黒髪はなんと色っぽいのだろう。

余さん、スリムなのに、胸だけはドンと飛び出て、
とてもセクシーなスタイル。

美しい。

この人、ホントに50歳代か? 肌もきれいだし、嘘でしょ。



笹野高史や吉行和子の役柄設定がとてもヒューマンでいい。

山形の街並みや風景もノスタルジックで自然が美しい。

でも、残念ながら広末涼子は少々違和感あり。
チェロ主体の音楽もちょっと使いすぎかも?



主演俳優は頑張っているのが画面からもはっきり分かる。

チェロの演奏シーン、納棺の一連の儀式、
手の動き、所作、立居振舞、・・・・・・、
本木雅弘さんはとてもよくやっていると思う。

この俳優、実はかなりの努力家なのでは。

偉い。 


映画が終わって、
所用で夜の有楽町の町を久しぶりに歩いた。

前回、有楽町や銀座界隈に遊びに来てからまだ数ヶ月しか経っていないのに、

丸井ができたり、まるで人の流れが変っていたり、
新たな飲食店ができていたり・・・。

町というのは、数年間ずっとビジュアル的イメージが変わらない時期もあれば、
たった数ヶ月のうちに見事に印象を変えることもある。

今の有楽町駅近辺が後者のそれだ。

この映画、
脚本を書いた小山薫堂は、
自作短編小説の「フィルム」といい、この映画といい、
父親と別れたナイーブな青年(というか中年男性)を描くのがうまいねぇ。

僕の場合、この映画はさておき、
今から3年前、
40歳の時に、37年ぶりに実の父親に再会したんだけど。

しかも、実父は2枚目で僕よりお酒が強くて、
今でも不良っぽいのがとても良かった。

会うなら、そりゃ相手が病気でよぼよぼなんかじゃない方が、いい。
いや、生きていてくれるだけで、尊いのだろうけどね。

事実は小説よりも奇なり。

幸い、僕が実父と再会できたのは、いろいろいきさつはあったのだけど、
それはそれでよかったんだろうね・・・。

あのまま、会うこともなくずっと過ごしていたら、と思うと不思議な気もするが。


多摩川の河原に行って、 小石、  拾ってみるか。

石文(いしぶみ)。 Stone Message、 いや、 Stone Letter ?


チェロの音を、 生で、 聴きたい。

変わる町並みと、変わらない(と信ずる)もの。


父さん、こないだ、月がきれいな夜だったかな、
僕が六本木のイタリアン・バールで食事しようとしてるとき、

酔っ払って僕の携帯に電話してきたね(笑)。

ありがと。


♪ テーマ曲 「無伴奏チェロ組曲1番」 (JSバッハ) by 古川展生 ♪

関連記事:
「光明寺の調べが 材木座の海に 届くころ」
「三線の調べに酔っておるのだ」
「四国の夜が 更けてゆく」
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# by y_natsume1 | 2008-10-02 17:54 | 過去の映画評「あ」

いにしえの 春日の森の 神の空間(くに)

2008年9月某日。 週末の昼間、 大和路、春日の森へ。

某ガイドブックに従って、観光。

(だから、下の文章のうち、僕自身の文章表現は別として、
ウンチクに関する内容はそのガイドブックによるものだ。)

僕は特定の宗教を信仰しているわけでもないし、
霊感が強いわけでもない (というか霊感は全くない)。
何らかのイデオロギーを声高に主張しているのでもない。 
かといって無宗教という割には
日常的には仏教や神道の影響を受けながら生活しているのも事実であり、
そして昔から神社仏閣や線香の匂いや
古い建築物や教会カテドラルの雰囲気が大好きで、
40歳頃から意識して、いくつかの世界遺産を訪れている。



・・・・・ 大宮をいきなり訪れる、のではなく、
あえて遠い距離にある 一の鳥居から、 歩く。

参道を時間をかけて少しずつ大宮に向かって、 歩く。

それはメインの施設に近づくための、
呼吸や気持を整えながら近づくための、
一種の必要なプロセスなのかもしれない。

あえて、一の鳥居から、というのが、 いい。


参道の中央部分は神様が通る場所だ。
そこを避けて、できるだけ道の端を、 歩く。

緑があふれ、
鹿があちこちにいて、
参道はまるで
昔に向かって走り去っていくタイムマシンのようだ。

僕は、「何か」を味わいながらゆっくりと歩いているのに、
参道そのものは猛スピードで僕を追い越して
遥か千数百年前の昔に向かって走り去っていくような気がするのだ。

根拠も理由も何もないが、
ただ、なぜかそんなふうに僕は感じてしまう。 


参道の両脇には、数多くの、石灯籠。
大小さまざまな形やデザインの灯籠。

いわゆる、万灯籠。

線香の、良い匂い。


馬出橋(まだしのはし)、

馬止橋(まどめのはし)、

・・・・・・ 橋を渡っていくのは 「禊ぎ(みそぎ)」の意味があるという。

そして馬止橋を渡ると、
いよいよ緑深き森の中に入っていく感覚が、より一層わいてくるのだ。


車舎(くるまやどり)を右手に見て、
二の鳥居をくぐる。

(鳥居はくぐるたびに一礼する。)


祓戸(はらえど)神社の 
「伏鹿手水所(ふせじかてみずしょ)」 で、
口と手を清める。

その先の剣先石(けんさきいし)を
踏まないように気をつけながら
(踏むと よからぬことが起こる という言い伝えがあるからだ)、
でも結局少しは踏んづけてしまいながらも、

榎本神社に向かう。

大宮の前に、まずは榎本神社へ参拝。
それが順序だ。


そしてようやく、大宮へ。

南門から中門。

あたり一面の木々の緑は朱の色を称え、
朱は緑を大切にしている。

緑と朱の絶妙な色彩コンビネーション。

そんな空間。

南門の近くに、「砂ずりの藤」がある。

花が咲く時期には砂に着くほど伸びる藤の花。
見ごろは4月下旬から5月とのこと。


東回廊と南回廊の間の垂木(たるき)。

木を、 ねじっている??

大昔の宮大工たちの、
なんて高度な技術であることか。

いにしえの職人たちの、
きちんとした「仕事」を感じずにはいられない。

素晴らしい建築物だと思う。

敬意を。

職人たちに、最高の賛辞と敬意を、 表したい。


東回廊には傾斜がある。

山あいなら土地を削って水平に建てるのが現代の考えかもしれないが、
神の土地は畏れ多く、
削らずに、
そのまま傾斜のある土地に合わせて建てられているそうだ。


回廊ではいくつもの、本当にいくつもの
釣灯籠(つりとうろう)が視界に入る。

そのそばの格子。

絵画技法で言う遠近法のようなシーンが僕の目の前に広がる。

僕はそこで
釣灯籠と格子の数だけ、
向こうに歩けば千数百年前に、
背中の方に戻ればウォン・カーウァイ監督が描いた映画「2046」年の未来に、
行ってしまいそうな幻想を抱く。

まるで一種のタイムトンネルが、そこにあるかのように。

先に進めば昔に戻り、
後ろに下がれば未来に、というのが、
なぜだか僕にもわからない。

本来なら逆に感じてもいいのだけど、
こういう場所はそれでいいのかもしれない。

そう感じただけだ。

特に理由はない。

何が真実かは別にして、今の僕にとって
千数百年前の過去も、
2046年という未来も、
僕が存在する今このときとは異なる「空間」だということに
変わりはない。



大宮。

捻廊(ねじろう)。 


本殿では個人的な願い事は、しないのだそうだ。
公的な、天下国家の願い事をする。

でも、この僕が?
公的な願い事?
どういうふうに?

例えば、アメリカの金融問題とか?
はてさて。

とにかく、
個人的な願い事はその先の摂社(せっしゃ)、末社(まっしゃ)で。


御間道(おあいみち)から若宮へ。


巫女(みかんこ)と神楽男(かぐらお)はどこに?

そして、梅の木はどこ?

「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける」
(紀貫之  百人一首)。


・・・・・ 僕は歩きながら思った。

ヘンリー・ミラーが「北回帰線」のラストで書いているように、
人間には時間よりも、空間が必要なのだ。

そりゃ、もちろん、時間も大切な概念で、
ある程度の分量の時間が存在しないと、お話にならないだろうけど。

でもやっぱり、 空間は時間をリョウガする、と思いたい。

この日のように、

一の鳥居から、少しずつ参道を歩く。
そこここで線香の匂いをかぐ。
古(いにしえ)の建築物を眺める。
いくつもの釣灯籠を過去と未来のはざまに立って、見つめる。
緑と朱という色彩を堪能する――。

空間を移動することによって、 
遥か昔への思いを馳せることが、 
少しはできるような気がする。

僕の青臭い、 淡い、 期待だろうか?

いずれにしても僕は
大和路で感動の極致にいたことだけは、確かなのだ。


・・・・・・ やがて北の方角への道に戻り、
この一帯を抜けて、
公園の緑の中、
ひたすら歩を進める。

鹿が、いる。

数多くの、鹿が。

かつて予知能力のある霊獣と考えられた鹿。

春日の神は平城京を守るために
白鹿に乗って大和に降臨したという、言い伝え。

歩く。

緑の中を。 

朱色はもう、見えない。

緑は僕を頭っから足の先まで包んで
どこかに連れ去ろうと画策している。

どこかって、それはまさか嬉しいことに、
月子さん(仮名)のところだろうか?

そうだと、いいのだけれど。

ねぇ、月子さん、
僕は少し、歩き疲れたよ。


酒(日本酒)が、欲しい。

銘柄は白鹿、かな、 やっぱり(笑)。

酒を、 飲もうよ。

大和の 夕陽を見つめながら。

♪ テーマ曲 「月光」 by 藤原道山 ♪
♪ テーマ曲 「ELM」 Cowboy Bebop サントラ 「No Disc」より ♪
♪ テーマ曲 「通り雨」 by 風 ♪
♪ テーマ曲 「スカボロ・フェア」 by サイモン&ガーファンクル ♪
♪ テーマ曲 「僕のいいたいこと」 by オフコース ♪

(つづく)

関連記事:
「いにしえの 春日の森の 神の空間(くに)」
「大和路の 夕陽に映える 寺を見る」
「東の塔は 墨絵の如く」
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# by y_natsume1 | 2008-09-23 18:16 | アジア的独白

由比ヶ浜の月を 追いかけろ

2008年9月12日(金) 夜。 鎌倉・由比ヶ浜。

ビールとジントニックでほろ酔いの僕は
由比ヶ浜の砂浜に座って月を眺める。

波の音。 

月明かり。

美しい。

妖しい。

官能的。

ここ数年、毎年9月の半ばごろは由比ヶ浜で
月(中秋の名月)を眺めることにしている。

十五夜のお月様をちょうど見られればいいのだけど、天気予報(雨ならNG)や自分の都合なんかでドンピシャというわけにもいかず、その前後の日の夜に訪れることもある。

そのつもりはなくても結果としてキレイな月を、あるいは赤い妖しい月を、
見ることができた時もある。

例えば、過去のブログ記事だと、2005年9月の
「由比ヶ浜でモヒートを ~お酒の神様と 月が射す夜~」

お月様なんてどこで見ようと同じだろ、と言うなかれ。

都内でも月を見ることはできるけれど、
周りに建物があり過ぎる。
視界の角度が限られている。

海岸で海の方角に向かって
何の物体にも邪魔されずに眺めるのとは違うのだ。

それに、由比ヶ浜で見る月は、とてもとても近くに感じられる。




・・・・・・・ 歩いて、  いつもの某小料理屋へ。

いるいる、知り合いの人たちが。
4歳の双子の女の子たちとそのお母さん。

僕と同じように、よく金曜の夜に仕事を終えて都心からやって来るAさん。

小料理屋のマスターとママさんにご挨拶し、
座敷に上がる。

Aさんとは約1年近くぶりかも。


7月に、この小料理屋に久しぶりに来るまで
僕は約10ヶ月ぐらいは来ていなかった。

たぶん、僕が鎌倉に来ないときは、色々言いながらも大丈夫な時期なんだろうな。
本当にストレスがたまったり、どうしようもなく悶々としていたりするときほど、
鎌倉という別の空間にやって来たくなるのかもしれない。


やがて夜も更け、双子の女の子たちとお母さんは帰る。

ママさんから、
やり方が全然わからないということで
デジカメで撮った、お店での写真をCD-Rに焼いて欲しいと頼まれる。

へい、がってんだ、とばかり安請け合いしたが、
Aさんと僕はビールを飲みながら2人して、
初めて扱うマッキントッシュでえっちら、おっちら。

ふーん、 
超有名な(誰でも知ってる)ミュージシャンや俳優たちが
マスターやママさんと何枚も写っていて、
この店、実はゲーノー人たちには隠れ家的存在っていうか、
すげぇ店なんだなぁ、そんなそぶりは全然見せてないけどなぁ、と思った次第。

ここはBGMがなくて、静かなのがいい。

この小料理屋の静寂は、
僕を都心から異空間にトリップさせる感覚を抱かせるのに十分な要素だ。


ママさんが僕に言う。

「ブレッド&バターの、ほら、弟さんの方、何ていったっけ?」

「フユミさん?」

「そうそう、そのフユミさんがさ、こないだうちに来てね、明日(9月13日)江ノ島の虎丸座って知ってるかしら、そこでライブやるんだって言ってたわよ。 夏目さん、ブレバタの大ファンだからさ、行ったらどうかなって思って」

「へぇ、行きたいなぁ。 でもその日の夜は予定あるんだよなぁ。 残念だなぁ・・・・」


Aさんと映画「ブラザーサン・シスタームーン」の話になる。

僕は小学生か中学生の頃、TV放映で観ただけだけど、
とても印象深い映画で、
監督がフランコ・ゼフィレッリだということも覚えてたし、主題歌もちょっと覚えてて、
ほんのさわりを口ずさむ。

♪ ブラ~ザ~サン アン シスタ~~ム~ン ♪
 
(後でネットで調べたらドノバンの曲らしい。 
権利関係でもめてて、サントラは廃盤のままだそうだ。)


よく覚えてるねぇ、とAさん。




・・・・・ この夜、僕は確信した。

ヘンリー・ミラーが「北回帰線」のラストで書いているように、
やっぱり、人間には、時間よりも空間が必要なのだ。

都心で見る月よりも、鎌倉の海岸という空間で見る月の方が好きだし。

都内のおかしな酒場で3時間飲むよりも、
この小料理屋や長谷のカフェで1時間飲んで過ごす方が、
僕の精神状態は明らかに、良い。

時間よりも、 空間だ。 

「空間を移動することによって得られるタイムスリップにも似たような感覚・・・・」
(拙著 「アジアの匂い ~バリ島ウブドの休暇~」 あとがき より)


他にも以前いくつかのブログ記事で、書いたような気がする。

時間よりも、 空間が必要なのだ。


・・・・・・・ 終電が近い。

帰らなきゃ。
 
小料理屋の人たちや鎌倉という空間に感謝を。
ありがとう。 

(僕の鎌倉関係のブログ記事を読んで下さる方の中には、僕が鎌倉近辺に住んでいると思い込んでおられる方がいらっしゃるらしい。 僕は鎌倉から電車やバスを乗り継いで1時間半以上かかる、都内某所に住んでいる。)


お会計をして、小料理屋の玄関を出たら、
空には見事なおぼろ月が出ている。

由比ヶ浜の海岸で見たときは全然ぼやけてなかったけど、
今はおぼろ月に。


おみごと。

美しい。

中秋の名月は、 もう、 すぐだ。

ね、月子さん(仮名)。


♪ テーマ曲 「Pastness」 by tsunenori ♪ (←試聴可能、イチオシ!すげぇ)
♪ テーマ曲 「海へゆく」 by Soul Flower Union ♪ (←試聴可能)
♪ テーマ曲 「蘇州夜曲」 by 小田和正 ♪ (Youtube)

♪ テーマ曲 「Continue The Voyage」 by tsunenori ♪ (←試聴可能)

関連記事:
「だってお月様が出ていたから」
「葉山のカフェ・レストラン (1) ~「北回帰線」の空間へ~」
「由比ヶ浜でモヒートを ~お酒の神様と 月が射す夜~」
「十六夜の月 於鎌倉」
「ジャスミンと巫女」
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# by y_natsume1 | 2008-09-13 15:01 | Moon

モノクロームの写真 ~北鎌倉と横浜と高田馬場と~

2008年9月6日(土)。

既存のCDラックに入りきらずに
部屋中にころがっていた行き場のないCD約1,000枚。

とうとう新たなCDラックを2つ購入し、
えっちらおっちら アルファベット順に整理。

その過程で本棚の後ろから、
フレームケースに入れた八つ切り大のモノクロ写真が出てきた。

ありゃま、 懐かしい。

1980年代半ばの大学時代、僕は某ボランティア活動をやっていたのだけれど、
大学卒業後2~3年ほどして (たぶん1990年ごろ?)、
ボランティア仲間の先輩の結婚式の2次会があり、
ボランティア仲間7~8人で
高田馬場か目白あたりの居酒屋の2階で飲んでた時に撮ったもの、 だと思う。

おそらく。

見事なショット。
こういうのを絶妙のシャッターチャンス、グッドタイミングというのだろう。

写真では、
僕は特に仲の良かった友人Yと、Yが当時付き合い始めていたKちゃんの間にいる。

僕は横に寝そべってKちゃんのひざ枕で悦に入り、Kちゃんは僕のおでこを撫でている。
隣のYは苦笑い。

男性は皆、スーツにネクタイ姿。
女性の方が数的には多い。 概して皆若い。

このあと、まもなくYとKちゃんは結婚する。
めでたし。

学生当時は皆それぞれ大学も学部も学年も違っていて、
様々な個性が垣間見られた数年間だった。

Yは僕と違って頭は抜群に良いけど、あんまりT大っぽくなくて、
気さくでナイーブで、アングラカルチャーに詳しく、学生演劇の舞台美術もやっていて、
大学は違うけどなぜか僕とはウマが合っていたように思う。

よく音楽や村上春樹や映画やカウンターカルチャーや家族やお互いのガールフレンドのことや文学の話をしていた。


そしてこの写真の仲間達とは学生時代、
ボランティア活動の打ち合わせと称して、
北鎌倉の一軒家 (かつてYの実家だった所で当時既に空き家だった) で
合宿したこともある。

そのことを写真を見て急に思い出した。

今思えば、
僕はあの頃から鎌倉にご縁があったんだなぁと、
改めて感じ入る次第。

そして、Yとはボランティアの合間に
佐野元春の横浜スタジアムでのライブ(カフェ・ボヘミア 横浜スタジアム・ミーティング)なんかにも一緒に行った。

真夏だったと思う。

例の曲の演奏が始まりそうになると照明が全部消され、
僕たち観客は恒例のように皆ライターを取り出し、明かりを灯す。

真っ暗な球場の中で、いくつもの星がきらめく。

観客と一体になった演出。

季節はずれの、真夏のクリスマスソング。


アイツ、今どうしてるだろう?




・・・・・・ ちなみに、件のモノクローム写真を撮ったのは、

その日主役だった新郎、今は某大手新聞社の報道カメラマン氏だ。


♪ テーマ曲 「Christmas Time in Blue ~聖なる夜に口笛吹いて~」 
             by 佐野元春 ♪
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# by y_natsume1 | 2008-09-07 16:48 | 日々の雑文

ひらけゴマ

映画は小学生の頃から大好きで、
それは今でも続いている。

それにも多少の波があって、
とりつかれたように週に5本ずつレンタルで観る時期が続くかと思えば、
映画館どころかレンタルでさえ数ヶ月何も観ない時もある。

この1~2年は、「多少の波」にかかわらず、
ハリウッドの大作映画はあまり観ていない。

脚本の内容があまりに薄っぺらになってきている傾向が強くて
どうも観る気がしないのだ。 

(観てから文句言え、っていうのが僕の信条ではあるけれど、どうもねぇ・・・。)

1970年前後の作家性の強いアメリカン・ニュー・シネマはかなり良かったのに、
ときどき観る最近のハリウッド映画は、頑張ってるんだろうけれど、ちょっとひどい。

だから、出張の飛行機の中などでたまには観るけれど、
自分からは段々観なくなる。

それにハリウッドの大作、話題作は、
あとあとレンタルでも地上波放映でも観るチャンスはいくらでもあるしね。

その代わり、
最近はちょこちょことミニシアター系の映画を中心に映画館で観るようになった。
公開後はレンタルされるのかどうかさえ不安になるような作品。

テレビCMなどの宣伝費をかけられない低予算映画だけど
一応観る前は良質の作品だと期待できそうなやつを
中心に観る (もちろんそれだけじゃないけど)。

ちなみに、

映画配給のビジネスでは俗に言う「P&A費」の2大コストが大きい。
P: Print フィルムの焼付け費用。
A: Advertisment 広告宣伝費。

普通は映画館と配給会社が興行収入を半分こする。
そこからP&A費を差っ引いて、あれやって、これやって・・・・・。
儲けは少ないかも。

そして映画制作側では
著作権を基にしたDVD化権やTV放映権、ゲーム化権などの
権利の切り売りビジネスを展開していく。

過去に勤務していた職場の仕事柄、
そういうのに接していたことがあって、ちょっとばかし知ってはいる。



そいでもって、この数ヶ月から半年ぐらいの間に映画館で観たのは、

ファクトリーガール 
ワンス ~ダブリンの街角で~ 
コントロール 
アイム・ノット・ゼア 
ラスト・コーション 
マイ・ブルーベリー・ナイツ 
パラノイド・パーク 
シティ・オブ・メン 
コレラの時代の愛 
画家と庭師とカンパーニュ 

などなど。

これらの映画を製作したスタッフたちに本当に感謝している。

ありがとう。

実際に自分の目で観てみたら、
例外はあるけれど、これらの映画は総じてどれも僕好みの興味深い映画だった。
感動したし、楽しめたし、深く心に残った。

映画製作スタッフたちよ、ホントにありがとう。

上に挙げた映画のいくつか (ていうか、実はほとんど) は音楽も気に入って
サントラCDまで買っているほどだ。

ただ、ガス・ヴァンサント監督の「パラノイド・パーク」だけは、
やっぱりカネ返せと言いたい。

詳細は書かないが、僕の感想はそういうことだ。
映画の中で使ったエリオット・スミスたちの名曲が泣いているゾ。

逆に、期待にたがわず良かったのが僕の中南米好きを反映してか、
「シティ・オブ・メン」 (ブラジル)、「コレラの時代の愛」 (南米コロンビアが舞台)、
そして意外な佳作、フランスの 「画家と庭師とカンパーニュ」 あたり。


特に、「画家と庭師とカンパーニュ」 はとても良質の、掘り出し物だ。

予算もあまりなくてTVのCM宣伝なんか殆ど(いや、全く?)していないだろうに、
たぶんクチコミなんだろう、今でもミニシアターには客が押し寄せている。

クチコミは時におそろしい。 影響力がある。

本当に観てよかった。

男2人の掛け合い漫才のような、
まるでドキュメンタリーかとさえ思うようなユーモラスな会話の応酬。

素朴で自然で、
成熟した(年齢を重ねた)からこその、大人の持つ魅力がある。

この映画の脚本には、明らかにハリウッド映画にはないテイストと発想がある。
若い人も、僕みたいに中年以上の人間も、じんわり、ホロリとくるんじゃないかと。

*************

ハーフボトルの赤ワインとバゲットとチーズとサラミで
胃袋を楽しませつつ、
この文章を書いている。

もうすぐ、中秋の名月だ。
あの国に住んでいるXXXさんは、もう月餅(ムーンケーキ)を買っただろうか?

関係ないけど、ラマダンは今回は早いんだなぁ・・・・。

♪ テーマ曲 「弦楽セレナード 第1楽章」 by チャイコフスキー ♪
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# by y_natsume1 | 2008-09-04 21:42 | 映画言いたい放題

ただただお月様が好きな人へ

こんなのもあるよってことで。

Cowboy Junkies の 「Crescent Moon」 という曲。


Reach a hand to the crescent moon
grab hold of the hollow
If she sits in the palm of the left
that moon will be fuller tomorrow
If she sits in the palm of the right
that moon is on the wane
and the love of the one who shares your bed
will be doing just the same

Won't you come with me, she said,
there's plenty of room in my iron bed
You're looking cold and tired
and more than a little human
I know I'm not part of the life you had planned,
but I think once your body feels my hand
your mind will change
and your heart will lose its pain


Out among the fields gently hipped
beneath the corn,
Assiniboine bones beneath the highway
he stood there and he thought of home
A finger traces the path of a satellite
You're drawn to a distant copse of trees
A voice as sweet as Mare's Tail
clings to the prairie breeze

Won't you come with me, she said,
there's plenty of room in my iron bed
You're looking cold and tired
and more than a little human
I know I'm not part of the life you had planned,
but I think once your body feels my hand
your mind will change
and your heart will lose its pain


Do I reach for you
when I know you're on the wane?
Do I sense you when I know you're not around?
Do I search for you
when I know you can't be found?
Do I dare to speak your name?

Raise your eyes to a moonless sky
and try to wish upon a rising star
Search all you want for her blessing
but you won't find her sparkling there
Now cast your eyes to a part of the sky
where nothing but darkness unfolds
and watch as all around you
she reveals the brilliance of secrets untold

Won't you come with me, she said,
there's plenty of room in my iron bed
You're looking cold and tired
and more than a little human
I know I'm not part of the life you had planned,
but I think once your body feels my hand
your mind will change
and your heart will lose its pain



**************

Cowboy Junkies というカナダのバンド。
ちょっとジャンル分け不能という僕のお気に入りの音楽。
女性ボーカル。

このバンドは今でもそれほどメジャーではない。
「トリニティ・セッション」という1980年代の、教会での一発録りアルバムや、
ルー・リードの曲「Sweet Jane」のカバーなんかが取りざたされるぐらいだろうけど、
このバンド、そしてこの曲、僕はとても好きだ。

女性ボーカルが曲にマッチしてて、
神秘的でシンプルなサウンドで、
単なるロックでもフォークでも、ましてやヒップホップでも、ない。
深夜に1人で酒を飲みながら聴きたい曲だ。

曲調はさながら「青い月」のようだ。
要するに、妖しい、めったにない官能的な曲だと思う。

(青い月は、英語でBlue Moonというけど、色が青いっていうよりも(そういう場合もあるみたいだが)、ひと月のうちに満月が2回あるときに、1回目の満月を「ファーストムーン」、2回目の満月を「ブルームーン」と呼ぶ。 「めったにないこと、まれな現象」という意味を含むんだそうだ。)
 
たまたま 
(実はそれほどたまたまじゃなくて、ある程度狙ってたのが見つかったんだけど)、
中古CD屋さんで700円かそこらで買った「Pale Sun Crescent Moon」というアルバムの1曲目。

大当たりだった。
めったにあることじゃない。



彼女が僕の左に座れば月は満ち、
右に座れば月は欠けてゆく・・・・。



つー感じの歌詞かなぁ・・・。
(解釈、もし間違ってたらごめんなさい。)

その手は誰かを癒してあげられるんだろうか。
それはとりもなおさず、その手を持つ人自身が癒されていることと
ほとんど同義なのかもしれないんだけど。


歌詞の内容とは少し違うかもしれないけど、
僕は月子さん(仮名)が僕の左に座ることを、
月が満ちていくことを、 望んでいる。
だって、月はやっぱり満ちていたほうが、 美しいからだ。


古い都の、赤い満月を、追いかけよう。


僕のペニスは  硬く勃起している。


関連記事:

「だってお月様が出ていたから」
「東男と京女」
「十六夜の月 於鎌倉」
「神無月は見えているか?」
「ジャスミンと巫女」
「亜空間の果て (3) ~九つの満月~」
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# by y_natsume1 | 2008-08-31 04:01 | Moon

好きなCD (14) ~エンニオ・モリコーネ・イン・ラウンジ~

エンニオ・モリコーネのスタイリッシュな映画音楽コンピレーションCD

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このCD、ものすごくカッコいい。
収録されている曲はモリコーネの作品だけど、ちょっとマイナーな’60年代、’70年代のイタリア映画の音楽が中心。

こんなにスタイリッシュな曲が当時はあったのかと思うほど。

特に#1曲目と#3曲目が大のお気に入り。
まるでクラブ・ラウンジにいるような雰囲気になる。

こんなコンピレーションアルバムができるほど、
モリコーネの映画音楽は奥が深く、ステキなのである。


エンニオ・モリコーネの映画音楽は小学生の頃から大ファンだ。
「夕陽のガンマン」、「荒野の用心棒」・・・・・。

これらの映画をTV放映で観るたびに、
モリコーネの美しい音楽に感動してきた。

「ニュー・シネマ・パラダイス」 や「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」、「アンタッチャブル」 などの映画音楽もモリコーネの作曲。


***************

自分の部屋にあるCDがそろそろ非常事態宣言を必要とするほど増えてきた。
たくさん持ってます、っていう呑気なことを言ってる場合ではないほどに。

足の踏み場もないとはこのことだ、
身から出たさび(?)、
道楽もいい加減にしろ、

いろいろと言われているが、
かなり整理したつもり。

それでもまだ500枚以上のCDが、
収納しきれずに部屋の床に転がっている。

そのそばには、これまたDVD映画の山が・・・・

DVDはすぐに廃盤になりそうな、将来観ることが難しくなりそうなマイナーな佳作や自分のお気に入りロードムービーを中心に買って持っている。 

家で飲んでいると、この手の作品の映像を消音ででもかけたくなるからだ。 

選ぶ基準はいたってシンプルで、もし仮に将来自分が飲み屋を始めたら、権利関係はさておき、そのお店でかけてみたいと心底思うような作品、だ。

で、 CDの収納場所、 どうしよう? 

どうしようもない、な。

♪ テーマ曲 「ALLEGRETTO PER SIGNORA 」 by Ennio Morricone ♪
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# by y_natsume1 | 2008-08-24 16:20 | Music Bang Bang

だってお月様が出ていたから

2008年8月某日 夜。

美しい月が出ている。

貝の冷製オードブル。
鎌倉でとれた夏野菜をふんだんに使った温野菜の盛り合わせ。
魚の香草焼き。
鴨肉のコンフィ。

口に含むたびに
キリリと冷えた白ワインが夏の一瞬一瞬を切り取っていく。

極上の料理と酒。

ときおり、舌が口の中で食物と酒の出会いを取り持っている。


気のせいだろうか、
どこかから(心の奥底から?) チェロの音が聴こえてくる錯覚を抱く。

JSバッハの「無伴奏チェロ組曲第1番」、
黛敏郎の「文楽」、
カッチーニの「アヴェマリア」 ・・・・・

まるで料理とワインのように、
誰かが、 ソロ演奏のチェロの音色とデートでもしているのだろうか。


暑い夏の夜、月はあくまで妖しく美しく輝き、

詩人と酔いどれと水泳選手と海辺のカフカとを一堂に集めて
食後のこの場で「特別な夜会」でも催そうかというほどの勢いだ。


僕は偶然にもこの日、 ちょうど「雨月物語」の
「白峯(しらみね)」の章を読み終えたところだった。

僕の故郷、讃岐を舞台にした、「怪奇物語」と言えなくもない。

村上春樹の「海辺のカフカ」は ギリシャ悲劇エディプス王だけでなく、
雨月物語のこの部分をもモチーフにしているのかもしれない。

アートハウスがある直島(香川県)は
僕の故郷の港町からはちょっと離れた場所にある。

香川県というより、むしろ岡山の宇野に近い位置だ。

行ってみたい。

「特別な夜会」はいつかきっと開かれるだろうから、そのときにでも。

僕は、けれど、夜会や直島での滞在があろうとなかろうと、
何年か前に、ジャスミン・ティーを使ったあの甘いデザートを食べていた人を、
決して忘れることはないだろう。



・・・・・月がみごとだ。

こういう夜には詩が必要だ。

柿本人麻呂や大伴家持の和歌のような、官能的なラブレターが必要だ。
金子光晴の「鮫」や「愛情69」のような、女や物事の本質を冷徹に射抜く詩が必要だ。
西東三鬼の「神戸」のような、 無頼で不良で詩的な文章が必要だ。


時間ではなく、夜という空間が詩歌を必要としているのだ。
月を称え、僕たちが今存在しているこの空間が。

時間なんかではない。


「東南アジアと酔っ払いと放浪癖と女好きと詩人・・・・・」

これらの特徴は金子光晴を表現するフレーズだ。

僕は金子光晴の文章と旅人としての生き方に憧れている。
特に東南アジアと女好きと放浪癖の部分。

マレーシア駐在時代、バトゥパハ(注)に何度か出張した頃から、ずっと。

(注:バトゥパハは金子光晴が昭和初期に一時期滞在していたマラヤの田舎町。)

そして上のフレーズの中の「東南アジア」だけを
ギリシャだのパリだのニューヨークだのに代えれば、
ヘンリー・ミラーになる。

どちらの作家も大好きだ。


******************

・・・・・・ 僕はやがて幻想の世界に入る――。


月明かりの下で
XXのXXに 
いやらしく、ねっとりと、けれどとても好意的に何度も触れながら、
詩的な空間を体全体で感じている。

料理や酒は既に終わり、
いつの間にかお互いの舌がそれぞれ相手の口の中で真夏の月をもてあそび、
戯れているところだ。


僕の両方の掌は、
自分でも理由はさっぱりわからないけれど
目に見えない暖かい熱オーラのようなものを突如として発し、
(それをハンドパワーとでも言うのだろうか)

夢の中にいるかのように、

昭和初期の南洋にいる詩人を横目で見ながら、
現代の月子さん(仮名)をしっかりと大切に抱きしめて、
ウォン・カーウァイ監督の映画が現実になる2046年までタイムスリップする。

けれどたとえ幻想といえども、
タイムスリップそのものや時間軸はこの際問題ではない。

どの時代に僕らが存在しているかは問題ではないのだ。

どこにいるのかが、
空間こそが、大切なのだ。

それは、ホウ・シャオシェン監督の映画 「百年恋歌」 の
基本的なコンセプトと似ているかもしれない。

オムニバス・エピソードの、どの時代設定であっても、
まるで輪廻転生のように、登場人物のカップルは同じ魂を持っていることがわかる。

どの時代に存在しているかは問題ではなく、
どこで誰と一緒にいるか、だけのことなのだ。


暖かな「何か」を発する僕の手が月子さんを癒すだけでなく、
逆にその行為によって自分自身までもが癒されていることを
改めて認識する空間に、僕はいる。

何かに包まれ、
癒されているのはむしろ、僕自身の方だと言ってもよかった。

何かというのはもちろん、月子さんのことだ。 
わかっている。

そう、ヘンリー・ミラーが「北回帰線」のラストで書いているように、結局、

時間よりも、空間、 なのだ。


そして、月子さんの魅惑的で大きな胸元・・・・・・。
それは僕にとって とても大切な、もう一つの空間でもある。

月子さんに、月子さんの美しく柔らかな乳房に、
心からの感謝を捧げよう。


やがて僕は、 幸福感の極限に達したその時、
生暖かな僕自身をあの空間に向けて発射する――。


♪ テーマ曲 「ダッタン人の踊り」 (作曲ボロディン) by 古川展生(チェロ) ♪

関連記事:

「31文字のラブレター (1)」
「31文字のラブレター (2)」
「葉山のカフェ・レストラン (1) ~ 「北回帰線」の空間へ ~」
「無頼の短編小説 「神戸」 by 西東三鬼」
「映画 百年恋歌」
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# by y_natsume1 | 2008-08-17 15:39 | Moon

夏の日の夕方 好きな人と会っていますか

2008年8月8日(金) 夕刻。

会社を早く出られたので久しぶりに中古CDの店を覗いてみる。

ほんの10分ぐらい、買ったとしても2、3枚だろうと高をくくって。

甘かった。 そんなモンで僕が終わるはずがない。
だって、音楽を心底愛しているのだから。

約1時間、物色が続く。

今回結局買ったのは、

美空ひばり
a-ha
ケツメイシ
「非行少女ヨーコ」のサントラ(新品)
ジョン・ゾーン
伊藤君子(新品)
コンパイ・セグンド
小椋佳
チェット・ベイカー(新品)
白井貴子
サケロックオールスターズ
などなど。


クラッシックやオペラも買おうとしたがさすがに時間切れ。
これから古武道のライブに行かなきゃ。

節操なさそうに見える、いろんなジャンルからの、奇をてらったCD選択と思われるかもしれないが、全て自分の好みで買っている。

昔カセットテープにダビングして聴いていたアルバムを今になってCDでやっと買っている、というパターンもいまだに結構ある。

30歳ぐらいになる頃まで、本当に本当にお金がなかった。

今からは想像できないほどLPレコード(当時はまだCDじゃなかった)は高価だったし、
LPを買うお金が十分になくて、
でも映画や絵や芝居や音楽は人一倍好きで、
なけなしの現金はまずは映画や芝居にまわり、
音楽はよく友達からカセットテープにダビングしてもらって聴いていた。

それでもダビングしてもらうミュージシャンの選択にも限界がある。
だから自分が今そのときに聴きたい音楽は、タイムリーにはなかなか聴けなかった。

その頃の渇望感が、今になってDVDやCDという物欲へと走らせているのかも。

パソコンへのダウンロードは性に合わない。

データが一瞬にしてなくなった経験が、やはり目の前のCDという「物」に走らせる。

そして手元にジャケットがある、というのも、いい。

LPレコードほど大きくはないが、パソコンの画面で眺めるだけのジャケット写真よりはいい。


ジャズが好きで自宅にはジャズだけで900枚以上のCDを持っている。
でも、ジャズばかり聴くわけじゃない。
ジャズ以外のCDもいったい何枚あるのか分からないぐらいあふれかえっている。

いろんなジャンルの音楽が本当に好き。

けれど、
そもそも音楽において厳密で細かなジャンル分けに
あまり意味があるとは決して思っていない。

だから、一見脈絡のなさそうな、いろんなジャンルのCDを今回も買っているけれど、自分としてはとても自然な行為と選択なのだ。

音楽は音楽だ。 シンプル。


自宅でも、時間があれば、

フーやストーンズなど’60年代UKロックをかけた後に
美空ひばりの歌が違和感なく響き、
そのあとジャズ、
岡林信康、高石ともや、泉谷しげるなどのフォーク、
バッハ、サディスティックミカバンド、モーツアルト、
ボサノバ(ナシメントやアフォンシーニョとか)、
ケルトミュージック、藤原道山(尺八)みたいな和物、
マーヴィン・ゲイなどのソウル(’60年代、’70年代のモータウンには良いのが多い)、
昭和歌謡曲、武満徹、ベートーベン、
ディランやビートルズは言うに及ばず、オペラの初心者用ベストアルバム、
加山雄三、オフコース、妹尾武のピアノ、
映画音楽(特にモーリス・ジャールやミシェル・ルグラン)、
マイルス・デイビスやCパーカーは当たり前、
さらにはゲンズブールや女性のフレンチポップス、シャンソン、
チェロが好きなので古川展生の何枚かのCD、
SMAP、陽水、たくろう、 はっぴいえんど、
’70年代日本のロック&ポップス、
沖縄民謡、果ては
アイスランドのバンド、 アルゼンチンのロックバンド、
ジョン・クーガー・メレンキャンプやイーグルスなどのUSロック、
キューバ音楽のCD群、

などが続く。

CD1枚全部をかけるのではなく (そういう場合も多いけれど)、
1曲だけや、その時聴きたい数曲だけかけて、次のアルバムに行くという具合。

でも高級なオーディオ設備は持っていなくて、安物のCDラジカセで。


僕は、いろんなジャンルの音楽を、最初から否定せずに一度は受け入れて(聴いて)みて、気に入れば続けて聴く。

これは僕にとっては音楽に限らないことだと思う。

仕事でも、絵でも、映画でも、小説でも、酒や酒場の選択でも、人間でも、食事でも、主義思想でも、何でも。 

経験もしないで最初から否定はしない。

自分に正直でいたいからだ。
アーティストたちに、対象となっているものに、まずは敬意を持っていたいからだ。

知らないものは知らない。

だから、

まずは試してみる。 
観てみる。
聴いてみる。 
読んでみる。
会って話してみる。 
味わってみる。
考えてみる。 

嫌いになるかどうかを決めるのは、その、後だ。


経験もしていないくせに安易に批判なんかできない。
その代わり体験したら、何かを言う権利はある。
そういうものだ。

だからライブのチケット代もCDを買うお金も、いつも自腹(当たり前だ)。
自分が、払う。
それがアーティストに対する敬意だ。

自分が稼いだお金の一部を、アーティストのために使うのだ。

とにかくアーティストに、対象物に、敬意を持ち、大切にしたい。


そして、ロックならロックだけを聴くのも悪くないけれど、
本当に音楽好きで、始終ずっと聴いていたい者にはそれだけじゃ苦しくなるから、 

いろんなタイプの音楽を聴くようになる。

一つの音楽を聴きすぎて音楽全体に飽きたくはない、ということだ。 

これは、いろんなジャンルの音楽を高性能の大スピーカーで聴かせてくれる恵比寿の某バーのマスターやスタッフ達と全く同じ意見だ。

(僕がよく酒場に飲みに行くのは、酒だけが目的じゃなくて、むしろ音楽を聴きたいからという面も大きいのだ。)

いろんなジャンルの音楽を聴くのは、
今まで聴いてた音楽を掘り下げて感じられるという、相乗効果もある。

ディランやストーンズもカッコいいが、
モーツアルトやコンパイ・セグンドや武満だってカッコいいし、
素晴らしい音楽に変わりはないということだ。

僕は今、
真夏のうだるような暑い都会のアスファルトの上に立って、
音楽という大好きな恋人に会っている(=10数枚のCDを抱えている)。


・・・・・ けど、ほんとに暑い。
 
ここ数年、東京の夏はまるで、赤道直下のシンガポールにいるみたいだ。

今の東京は、日本の大部分は、雷雨が増えたことといい、
温帯性気候なんかじゃなく熱帯雨林気候そのものだ。


ビール、飲むか。

いや、最近、ビールがそれほどうまいと思わなくなっている。

なぜだろう。 まずくなったのか?
 
苦味があったほうが、いいのはいいんだけど。

何かが、違う。


最近は、冷やしたシェリーか白ワインかシャンパンがいいかもな。

そばに月子さん(仮名)がいて、自分の気に入った酒と音楽があれば、
さぞかしステキな時間と空間になることだろうけれど。


好きな人と会っていますか。

好きな人に会えていますか。

♪ テーマ曲 「Chan Chan」 by Compay Segundo ♪ 
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# by y_natsume1 | 2008-08-09 13:37 | Music Bang Bang

夏越(なごせ)の花火はどこにある?

前回のエントリ記事、「深夜バス」の続き。

**************

2008年7月31日(木) 早朝7時。

実父の家に着き、朝ご飯をごちそうになる。

隣の畑で実父が育てた無農薬野菜をふんだんに使った
品々(トマト、ゴーヤ、玉ねぎ、ほうれん草等)。

梅干、ゴマ、トウモロコシ(これも自家製)、

野菜たっぷりの(おかずになるぐらいの)味噌汁、

大根の煮物、焼き魚、ごはん等々。


健康的。
しかもこれが朝ご飯かというほど、多彩なおかずの数々。

なんて美味しいんだろう。


「ビール、いこか?」 と実父。

「はい」 と僕。

始まってしまった。
エンジンかかってもうた。

墓参りもしてないうちから。 
朝から開店、居酒屋XX。


窓を開けると風の通り道なのだろう、涼しい風が入ってくる。
瀬戸内の海辺からの風が、高い建物も特にないからそのままやって来る感じだ。

気持いい。

何本ビールを飲んだろう。
何杯ワインを空けたろう。
何杯ウィスキーの水割りを作っていただいただろう。


飲みながらいろんな話を聞く。

・・・・・・・ 実父の再婚相手である継母の祖父が、
菊池寛の従兄弟であることを初めて知る。


・・・・・・・・僕は、
義母(自分の相方の母親)が昔、米軍基地で歌っていたことや、大映映画にも少女役で何本か出ていたことを話す。


そして、実母や祖父の話も少し。


・・・・・・ 72歳の実父がこの数年、はまっているのがマスターズの水泳だそうだ。

世界大会は2年ごとにあり、2008年はオーストラリアのパース。
遠いので参加をやめたとのこと。

2010年の大会はスウェーデンで開催予定であるという。
パースよりも遠くて、かなり長旅になるが、今度は行きたいらしい。

スウェーデンの企業で働いてる元水泳部の友だちがいるよ、とか、
自由参加なんだから行ってくれば、と僕は適当なことを気楽に言う。


・・・・・・ここは高松市内ではないが、継母は高松の出身。
昔の高松のお話をいくつか伺う。


江戸時代、旧高松藩の藩主は代々松平家。

その松平家というのが元々水戸徳川家の流れを汲む松平で、
水戸から国替えで讃岐高松にやってきたお付の武士達がかなりいたらしい。

だから今も、高松には元をたどると水戸出身者が多いらしい。

そんなこと、僕は今まで知らなかった。

僕は高松市内で生まれたのだけれど、そういうのは
このとき初めて知った。


(注) Wikipedia 「高松藩」 より引用:

寛永19年(1642年)、東讃地域に常陸下館藩より御三家の水戸徳川家初代藩主・徳川頼房の長男・松平頼重が12万石で入封し、実質的に高松藩が成立した。頼重は入封にあたり、幕府より西国諸藩の動静を監察する役目を与えられたという。





―― そのうち(たぶん夕方)僕は、酔っ払って寝てしまう。


夜になり、
「なごせの花火やで!」 と継母から3度も起こされたが、
僕は翌朝まで起きなかったらしい。

隣村の神社の夏越(なごせ)で花火が打ち上げられると、
神社に行かなくても、
この家の窓からも十分見えるらしいのだけれど。


いずれにしても結局、 花火は見れなかった。

あ~あ、今年も見損なったぞ。 

行き損なった。

また来年以降だな。

おバカさん。

でも、 「旅は愚かな 方がいい」  とも言うからねぇ。


実父にも、 
「おまん(お前)、なごせに行くんでなかったんか? 
ほんま、なんしに来たんじゃろのう(笑)」
と言われる始末。

あんなに僕に飲ませた張本人のくせに。

ホント、何しに来たんだか、 僕は。

これも一興か。
僕らしいといえば僕らしいてん末。


いまだに、
なごせ祭にご縁がないのはどうしてだろう。


夜行バスであまり眠れていなかったせいか、
バスに乗る前日、明け方5時まで飲んでてそのまま出社した体力消耗のせいか、

とにかく、月子さん(仮名)がたとえ37万回、
裸で僕を誘惑しようとも目覚めそうにないくらい、
僕はぐっすりと眠っていたらしい。


僕はそのあいだ、この世から、この世以外のどこかに、
ちょっとばかし幽体離脱していたのかもしれない。

記憶がとんでしまった時間帯に、
僕は叔父や、年上の従姉妹に会ったような気がするからだ。

全く覚えていないけど、会ったという感覚だけは残っている。

(あとで継母に聞いたら、現実に僕は彼らに会ったそうだ。)

それはまるで村上春樹の 「海辺のカフカ」 の主人公カフカのようだった。
幽体離脱でもしている感じで。

母を求め、父を殺し、姉とも交わるギリシャ悲劇オイデプス王をモチーフにし、
雨月物語の雰囲気さえも併せ持つ、あの小説の主人公カフカ・・・。

僕もカフカのように深夜バス(つまり陸路)で新宿から四国香川県というエリアに
入っては来たけれど。

小説と、僕の現実とが決定的に違うのは、
僕は実父を殺したりしないし、実母は既にこの世にはいないし、
姉のような存在の従姉妹(すっごい美人の独身ピアノ教師)と僕は寝たりしない、ってことだ。


オパールは、けれど、ここでもやっぱり見つからない。
それだけは、確かなようだ。



翌朝(2008年8月1日金曜)、朝ご飯の後、

仕切りなおしで今度こそちゃんと墓参り。

祖父と実母の方に行った後、実父のご先祖様(僕のもう一人の祖母)のお墓へも。


暑い夏の陽射し。
セミの鳴き声が、うるさい。 


墓参りの後、お昼ご飯にハマチとカンパチの刺身や大根の煮物などを肴に
酒、ビール。

刺身の合間に生のニンニクをかじる。

うまい!

ハマチの力強さには、ワサビだけでなく、
ニンニクぐらい強い薬味があってもいい。


カンパチはさすがに旬ではないので脂のノリが今ひとつよくないが、
ハマチ(出世するとブリになる)は香川県の県魚で、一応、年じゅう旬。 

最高だ。 分厚くて、うまい。

香川県には世界で初めてハマチの養殖に成功した漁師町があるほどだ。



午後3時ごろには、これまた隣の畑で実父が作ったスイカを食べる。

飲んで食べてばっかりだな。






・・・・・・・ この日の夜、再び深夜バスに乗って僕は東京に戻る。

高速道路のバス停でバスを待つ間、空を見上げる。
月が出ていたら月子さん(仮名)に携帯メールでもしようかと思って。

でも、星は出ているのに月はどこを探しても見つからない。

いつも切望している赤い満月どころか、
この夜は月そのものが見えない。

仕方なく、 あきらめる。

(あとで月齢カレンダーで調べてみたらこの日の夜はちょうど新月だった。 見えないわけだ。)

日程的には少々慌しい、けれど精神的にはのんびりできた、
夏休み第1弾。


夏太りだ。 完璧に。

太った。

いかん。

食べた、飲んだ、そしてまた、食べて、飲んだ。


僕を乗せた深夜バスは 「この世」と「あの世」のはざまの島から、
大きな橋を渡って「現世」に戻る、 いや、本州に向かって、 走る――。


(終わり)

♪ テーマ曲 「夏休み」 by 吉田拓郎 ♪
♪ テーマ曲 「奇跡の地球」 by 桑田圭祐 & Mr.Children ♪
♪ テーマ曲 「My Favorite Things」 by John Coltrane ♪


関連記事:

「深夜バス」

「ワルツを踊れ」

「この世の外へ クラブ進駐軍 Out of This World (2003)」
「夏の瀬戸内 (3)」
「月子さんのお話 (4) ~遊郭の夕べ~」

「『海辺のカフカ』についての雑文」
「『海辺のカフカ』についての雑文 (その2) ~死者の弔い方~」
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# by y_natsume1 | 2008-08-05 22:04 | 四国

深夜バス

2008年7月30日(水)、 祖父の命日。

夜、21時30分、

僕は新宿駅新南口にいて、そこから出発する深夜バスに乗り込む。

行き先は四国香川県。

目的は2つ。

祖父や実母の墓参り。
そして、地元の神社で毎年7月31日にある夏越(なごせ)祭の花火を、僕が高1で行って以来、数十年ぶりに見ること。


村上春樹の 「海辺のカフカ」 の主人公カフカと同じルート。
飛行機の場合と比べてかなり安い。

空路ではなく陸路で、橋を渡って四国に入るというルートは、
四国を一種の霊場として認識しようとする意識が、
何となく芽生えてくるような気もする。

ターミナルでは、昨今のガソリン代高騰も影響しているのか、
お客さんがわんさかいて、かなり盛況。 

僕の乗り込んだバスも満席である。

バスは2階建て。
1階は女性専用。
僕の席は2階だけど、女性もちらほらいる。

座席は3列で、スペースに割合余裕がある。
シートを倒して眠るには結構いい感じ。
トイレ設備もバスの中に一応付いている(僕は利用しなかったけど)。

窓という窓はカーテンでしっかりと覆われていて、
そりゃ眠るためには必要なんだろうけど、
外の景色が全く見えないから、
なんだか異様な圧迫感を覚える。

早く、このバスから、 出たい。

乗客がバスを降りることができる休憩は計2回。
それぞれ10分間だけ。
23時の足柄SA、午前5時の淡路島。
それ以外は目的地まで停まらない。

腰が痛くなるので、たった10分でも必ず外に出る。

淡路島の休憩を終えた後、バスは鳴門大橋を渡って四国に入る。

午前6時をまわった頃、
自分の降りるべき停留所で降車ボタンを押して停まってもらい、
降りる。

そこからタクシーなら千円程度、
徒歩なら20~30分ほどで実父の家に着く距離だ。

便利な時代になったものだ。 
新宿から故郷の最寄のバスStopまで高速バスの路線ができるなんて。

明け方、海からの風がとても涼しい中、
僕は歩いて実父の家に向かう――。

(つづく)


♪ テーマ曲 「Scarborough Fair」 by Simon & Garfunkel ♪
♪ テーマ曲 「Ban Ban Ban」 by 桑田圭祐 ♪
♪ テーマ曲 「Behind The Blue Eyes」 by The Who ♪

関連記事:

「夏越(なごせ)の花火はどこにある?」
「『海辺のカフカ』についての雑文」
「『海辺のカフカ』についての雑文 (その2) ~死者の弔い方~」
「ワルツを踊れ」

(注) 
実父と実母は僕が3歳の時に別れ、それ以来僕は母親に育てられた。 実母は10年ほど前に他界。 僕が40歳になった頃、再婚して別の家庭を持っている実父と37年ぶりに再会し、それ以来時々会っている。 だから実父の家には子供として暮らしたことがなく、この数年、墓参りで帰省した際に泊めてもらうぐらいだ。
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# by y_natsume1 | 2008-08-03 10:37 | 四国

テナー・マッドネス

いつだったか、
ジャズ・ボーカリストの河原厚子さんとライブの合間か何かにお話させて頂いたときのこと。

夏目クン、最近どんなの聴いてるの?

ジャズで?

うん。

最近は、そうだなぁ、白木秀雄さんとか、松本英彦さんとか、ナベサダとか、昔の日本のジャズメンの復刻版CD買いまくって聴いてるかな。

へぇ、ちゃんと聴いてるんだ。

うん。 でもね、松本さんのテナー、なんかこう、上手いとか下手とか優れてる演奏だとかそうじゃないとか、そういうんじゃなくて、とにかくどうも好きになれないんだよなぁ。 こもってるっていうか、妙にもごもごした音に聴こえちゃってさ。 おんなじテナーでも峰厚介さんのは、80年代後半だっけな、新宿ピットインなんかでライブ聴いたけど、すっごく好き。 勢いあるっていうか、生き生きしてるっていうか。

夏目クン、本人たちね、その音のまんまだよ。 松本さんは恥ずかしがりやっていうか、内気な感じ。 峰さんはすっごく面白い人だよ。 話し好きだし。 オレがオレがって感じで。 

へぇ。 じゃ僕の聴き方、決して間違ってないっていうか、それなりにちゃんと聴いてたことになるのかな。 演奏の良い悪いは別にしてさ。

まぁ、あの音のまんまよ、あの人たちの人柄はね(笑)。


♪ テーマ曲 「ムーンライト・セレナーデ」 by 松本英彦 ♪

関連記事:

「鎌倉の鯨は酔っ払っているか」
「YAAライブ@鎌倉ダフネ」
「YAAライブ@鎌倉ダフネ (2) ~祭りだ祭りだフェスタだよん~」
「見えない月に 連れて行け」
 
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# by y_natsume1 | 2008-08-01 16:23 | Jazz Night

ワルツを踊れ

この文章は、以前自分が書いた「ジャスミンと巫女」というエントリ記事の続編みたいになってしまったかもしれない――

************

エリオット・スミスの 「waltz #2 (XO)」 がかかっている
何度も何度もリピートで

さながら終わりを告げることのないワルツを
月子さん(仮名)と永遠に踊る約束でも したみたいに


この曲は 別れ歌のはずなのに
そして僕は ほんとはワルツなんか踊れるわけがないのに

別れるための曲(ワルツ)がリピート設定で終わらないなら 
しかも僕自身がワルツを踊れないのなら

永遠の別れも来ないで済むのだろうか とさえ
思えてくる



ゴロワーズ
ペルノー
墨香
ジャスミンの匂い
月 ・・・・・・・

僕自身の存在に 決して欠かせないものたち



月は   どこだろう


「そのとき」 深夜バスは
「海辺のカフカ」 の主人公カフカがそうであったように
僕を あの四国の霊場へ いざなうだろう


「そのとき」 深夜バスは
僕を故郷という名の この世とあの世のはざまへ 導くのだろう


僕は 「そのとき」 が来るまで  静かに待っていればいい
ただ 待っていれば


赤い満月も そしてオパールさえも
そのときに 見つかるかもしれない


ねぇ 巫女さん
そう  だろ?


♪ テーマ曲 「waltz #2 (XO)」 by Elliott Smith ♪
    
- End -

関連記事:

「ジャスミンと巫女」
「月子さんのお話 (4) ~遊郭の夕べ~」
「Blue Train」

(注1) 
テーマ曲のタイトルについている 「XO」 は英語の手紙の最後によく書かれるキスとハグを表す略語だ。 Xはキスを、Oはハグを意味する。 だからこの曲はたぶん、大切な人にキスとハグで永遠の別れを告げる前に、せめてワルツを踊って・・・・・・という、別れ歌なのかもしれない。 歌詞だけからはストレートに読み取れないけれど、そういう気がする。 

(注2)
「月子さん(仮名)」 という名は僕のいくつかのブログ記事でしばしば登場する。 けれどいつも同じ人物とは限らない。 そのときそのときで、表現する人物は異なる。 現実の人のこともあれば、想像上の人のこともあるし、この世にはいない人のこともある。

<追記>
以前書いた 「ジャスミンと巫女」
という自分の文章に、何かちょっと引っかかるものがある。 自分の文章のくせにね。
何だろう?
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# by y_natsume1 | 2008-07-30 19:06 | Moon




夏目芳雄の東南アジア・映画・ジャズ・酒などに関するよもやま話です。
by y_natsume1
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