カテゴリ
Entrance ようこそ
Biography 略歴
夏目芳雄の著作物
Moon
アジア的独白
鎌倉湘南Seaside
酒×酒
Back Street Days
四国
Music Bang Bang
Jazz Night
ビートニク
マレーシア駐在記
シンガポール
ベトナム
南の島
韓国
中国
キューバ
メキシコ
アメリカ
Books
日々の雑文
子供語録
ごはん
映画言いたい放題
過去の映画評「あ」
過去の映画評「か」
過去の映画評「さ」
過去の映画評「た」
過去の映画評「な」
過去の映画評「は」
過去の映画評「ま」
過去の映画評「や」
過去の映画評「ら」
過去の映画評「わ」
その他
以前の記事
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2012年 12月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月


<   2009年 02月 ( 3 )   > この月の画像一覧

幼い頃の 神戸駅の思い出

2009年2月22日(日) 朝。

妹尾武の最新CD 「RETRO MODERN DANDY」 を聴きながら、

ジャケット写真を眺める。

b0058966_10332297.jpg








昭和27年(1952年)ごろの、
神戸三宮駅の写真だそうだ(撮影:佐伯幸雄氏)。

素晴らしい写真だと思う。


************

神戸といえば、三宮や元町ではないのだけれど、

神戸駅について、幼い頃の思い出がある。

昔の記憶というのは曖昧な部分と、
あとから付け足したり、都合の良いように思い込んだりしている部分も
もちろん、あるんだろうけど。

たぶん、僕が幼稚園ぐらいだっただろうか。
(だとすると1970年の、大阪万博の帰りかも?)


母親と2人、大阪からの帰り。

なぜか乗り換えの都合で、
たぶん明け方か深夜(?)のヘンな時間帯に
神戸駅にいた。

幼心に、ステキな駅の構内だと感じたのを覚えている。

1972年以降なら、山陽新幹線で岡山まで行き、
連絡船を乗り継いで僕が住む四国香川県に帰る。

それなら、
新神戸駅だ。

それが神戸駅だったのは、
今思えば、
まだ山陽新幹線が岡山まで開通していない時代だったからだろう。

深夜か明け方だったのはたぶん、
母親が仕事のスケジュール上、夜行か連絡船か何かで帰る
強行軍だったせいかもしれない。


・・・・・・ 待合室のベンチにボーっと座っていたのか、
歩き回っていたのか、

突然、 見ず知らずの男に話しかけられる。

相手も暇だったのか。

子供は他にもいるのに、僕を気に入ってくれたのか。

(あとで思い返すと、その男は俳優の左とん平の顔をもっとキツくしたような労働者風だった。 万博の建設が一段落して帰る出稼ぎ労働者だったのか。 とにかく、サラリーマンではなかった。)

楽しかった。

暖かな時間だと感じた。

ひとしきり話してしばらく経って、

その男は僕のところに再びやって来て、

「ボク、これ飲み」

と売店で買ってきたらしい、ふたを開けた牛乳瓶を差し出した。

僕はすぐさま、

「要らんわ」 と言う。

男は残念そうに、

「そうかぁ、要らんのか、ボク。 残念やな」

みたいなことを言って去っていく。


・・・・・・・ それだけのことだ。

それだけのことなのに、
大人になった今でも、あの牛乳とそれをすすめてくれた男のことを、
強烈に覚えている。

神戸駅のレトロな佇まいと共に。


見ず知らずの男と話すといっても、
今の時代ほど、ストーカーや通り魔的な犯罪なんぞはあまりなかった。

古きよき時代だったと言えなくもない。

男が僕の母親に近づきたくて僕に話しかけたとしても、
それはそれであり得ることだし、そんなことはどうだっていい。


本当はとても欲しかったくせに
牛乳を断ったのは、

母親の教育方針に従ったまでだ。

知らない人に物をもらってはいけない。

知っている人でも、いわれのない施しを受けてはいけない。


母親に嫌われたくなかったし、
いつも仕事で忙しい母親を、困らせてはいけないと思っていたから。


この神戸駅の思い出が、もし1970年前後だとするなら、
その頃、僕はたぶん、大人の男に餓えていただろう。

僕の実の父親が家を出て行って間もない時期だし。


大人の男と、遊んだり話したりしたかった。

あの神戸駅の男は、それを敏感に嗅ぎ取ったのか。


ちなみに1970年の大阪万博へは、
母親の大阪出張にかこつけて連れて行ってもらえたが、
実際に万博を案内してくれたのは、いつも忙しい母親ではない。

大阪の、母方の親戚(母の叔父、叔母に当たる)、
夏目(本名)のおっちゃんとオバハンだったと思う。

(僕のBlog名、ペンネームの夏目はここから拝借している。)

夏目のオッちゃんは、
三角形の紙パックに入ったコーヒー牛乳を買ってくれた。

帰りの神戸駅のときとは違って、
万博会場では5歳の僕は、素直にそのコーヒー牛乳を、飲んだが。


・・・・・・・・ あれ以来、神戸駅には一度も降り立っていない。

今もレトロな構内なんだろうか。

そもそも、神戸駅のエピソードが
大阪万博の帰りだったのかどうかさえ、
今となっては曖昧な記憶の断片でしかない。



とにかく、僕が当時本当に求めていたのは、

大阪万博の見物でもないし、
夏目のおっちゃんとのひと時でもないし、
神戸駅の明け方の牛乳でもない。

実の父と母と一緒に過ごせる、時間と空間だった。

いつも、1人だったから。

(小学校1年の時、1人で自分のためのオニギリを作りながら、
悲しくて、何かが切れそうになったことがある。 
昔も今も、決して両親を恨んでなんかいないけど、
あの頃はただとても悲しかったことだけは、確かだ。)



***************

神戸駅の、見ず知らずの男は、

そのすき間をついて、

僕に数分間の暖かい異次元空間を、もたらしてくれたのだろうか。

ありがとう。

♪ テーマ曲 「サクラ咲く」 by 妹尾武 ♪

関連記事:

「月子さんのお話 (4) ~遊郭の夕べ~」
「Blue Train」
[PR]
by y_natsume1 | 2009-02-22 10:42 | アジア的独白

使者と巫女と月と

2009年2月10日(火) 夜。

この数ヶ月、仕事でどうしようもない僕。
落ち込んでいる。
あの職場は本当に、嫌だ。

満月の翌日の月は十六夜の月というんだっけ。

とても、美しい月が、天高く、見える。

月子さん(仮名)はどうしているだろう。
月子さんのところに今すぐ飛んで行きたい。

空間を、突き抜けられれば良いのにと、思う。


この日の夜、会社の行事に仕方なく参加したあと、
夜10時ごろ、1人で久しぶりにワインバーに。

湘南出身の店主に、
こないだ王子と2人で由比ヶ浜までドライブしたこと、
渚橋で美しい富士山とキラキラ光る海を見たこと、
由比ヶ浜で王子の足が波に濡れたこと、

なんかを話す。

店主はそれだけで、
映画みたいだね、鎌倉の海岸の光景が浮かんできて、
トリップしてしまいそうだ、と言う。


僕はそれに応えて、

映画っていえばさ、
昔のフランス映画の「男と女」だと、
ジャン・ルイ・トランティニヤンが小さな息子と
冬のドーヴィルの海岸で車を走らせるのに、
僕たち2人は全然映画みたいにカッコよくなかったよって。




深夜零時、自宅近くのソウルバーへ。

ほとんど満員。

カウンター席に座れず、首都高側の席へ。

この時間帯はまだ車が多い。

視界に入る車の台数の多さで、
見ていると気持ち悪くなる。

カウンター席に座って店主と話せるわけでもないから、
(マスターは気をつかって時々話しかけに来てくれるが)
ペルノー1杯で今夜は帰ろうと本気で思っていた。


でも突然、僕の頭の中にシンさん(仮名)が出てきて、

こういう夜を、楽しめば良いんだよ、
大丈夫、
もっと楽しくなるから、もう少し、いてみなよ、

なーんてことを言ってるような気がしてくる。

ホントかよ。

シンさん、あの世から何言ってんだい?



・・・・・ そしたら数分も経たないうちに、

巫女さんが某女優と入ってくる。

え? って感じ。

巫女さんはこのバーの常連ではあるけれど、
タイミングよく会えるのは珍しい。


かなり人が入っているせいで選択の余地もなく、
僕のすぐ右に巫女さん、その右に女優が座る。

ソウル・バーでこの女優を見るのは2度目だ。

巫女さんは、
夏目クン、久しぶりねぇとか言いながら、
キチンと女優さんを紹介してくれる。

女優さんはテレビなんかで時々見るけど、
話してみるととても気さくで感じの良い方。

僕は、巫女さんに、

ヘンリー・ミラーの北回帰線、シンさんの予言(ホントにそう感じたんだ)、
なんかを話す。

巫女さんは僕に、
夏目クンは、詩人だね、
と言う。

そんなことないです。
アホなことばっかり酔って言ってるだけ。

そして、女優さんに、臆せずに、

「あなたは、使者だと感じました」

と言ってしまう。

だって、会いたくてもなかなか会えない巫女さんを、
結果的にこのソウルバーに今夜連れて来たのは、

この女優さんだから。


あら、そう?

わたしね、「使者」とか、「使いのもの」って、時々言われるの。

夏目さんて、面白い感性持ってるのね(笑)。


巫女さんは最近自分の息子(成人)と
赤いバーのマスターとその彼女と
あるライブに行った話を楽しそうにする。

レトロなXXX食堂と草野球の話から、
明日の3時に、駒沢公園でAクンのチームの野球の試合があるのね、
応援に行くんだ、みんなで、とか、
そういう話になる。

(Aクンは皆の共通の友人だ。)

で、夏目クンのタバコ、良い匂いだけど何?

ゴロワーズです。 
黒タバコ、
葉っぱを寝かしてあんの。

ふーん、葉巻みたいね。


女優は、
僕のペルノーを見て、
珍しいわね、ペルノー飲んでる人がいるなんてさ、
一口飲ませて、
と言う。

飲ませてあげる。

クセの強い酒だね、と。

はい。

月は、天高く、あくまでキレイだ。


首都高3号線はいまだにいくつもの車をはべらせて、
妖艶に横たわっている。


女優が、先に帰る。
巫女さんを置いて。
朝5時起きで眠いんだと。

余計、この女優は今夜、
巫女さんを僕のところまで連れて来たお役目の、
使者だという気がしてくる。


午前3時過ぎ、
巫女さんは、
ワタシはこれから赤いバーに行くんだけど、
夏目クンも、一緒に来るよね(笑)?
と。

はい、ぜひ。


僕も、赤いバーは久しぶりだし、
あそこのマスターは礼儀正しくて大好きだから。

バーのもう1人の常連Bさん(このBさんも礼儀正しい人)と
3人でタクシーで赤いバーに。

友人が多い巫女さんは、
赤いバーでもモテモテだ。

着いたとたん、

いろんな人と社交が始まる。


Bさんは静かにカウンターの奥にひとりで座る。

どうしてよいか分からない僕だけが
カウンターのどこに座るかちょっと悩んで、
逆側の、2人の若い女性客の間にお断りを入れて座ろうとする。

そしたら、

いきなり、

それまで友人達と談笑していたはずの巫女さんが
(かなり強引に)僕の手を引っ張って、

自分の隣に座らせる。

あれ(笑)?

(僕というより、他の女性客に迷惑かけるなってことかも??)

でもね、席についてお酒を飲んで落ち着いた頃、
僕が最初に隣に座ろうとした逆サイドの女性客の1人が僕に言う。

「わたし、夏目さんのこと、すっごく覚えてますよ、ここで話したことあるもん」


へ?

僕は全然覚えてない。

キミ ハ ダレ ナンダ?

かなりかわいいけど。

でも、嬉しかった。 
そう言われて。

そういう夜なのだ。

たぶん、午前4時を過ぎた頃だろうけど、
やがてお店を終えたソウルバーのマスターも
やって来て、
皆で楽しい酒が続く。

その後は、もうあまり覚えていない。

(気がついたら、翌日午後3時に自分の家の部屋で寝ていた、というだけのこと。)

クソFXXXな仕事に比べて、
なんて楽しい酒なんだろうという夜だった。

十六夜の月は、どこにある?

午前8時ごろ、ようやく赤いバーを出た僕は、
柿本人麻呂の恋歌を口ずさみながら、
空にあるはずの、月を見上げる。

月はどこだい?

夜は明けたけど、あるはずだろ?

とにかく、

シンさんの予言は、的中したわけだ。

楽しい時間と空間を、僕は獲得したのだ。

吾妹子(わぎもこ)に
恋ひてすべなみ
夢(いめ)見むと
われは思へど
寝(い)ねらえなくに


(柿本人麻呂)

♪ テーマ曲 「Fly Me To The Moon」 by Frank Sinatra ♪

関連記事:

「ジャスミンと巫女」
「京方人(みやこかたびと)」
「ワイン・バーの夜」
「別れのドライブ 由比ヶ浜 そして真冬の風が吹く」
「マスタード色を夜空に塗りたくれ」
「31文字のラブレター(1)」
[PR]
by y_natsume1 | 2009-02-11 21:05 | Moon

松本清張とマレーシアを結ぶ「点と線」

2009年2月7日(土) 朝。

この日の日経新聞朝刊文化欄に
松本清張の記事が載っている。

昨今の、小説復刊、映画化、ドラマ化などの再評価。

僕は1990年代後半のクアラルンプール駐在時代に、
マレーシアを理解しようとこの国に関連する書籍を何冊も読んだ。


その中に、松本清張の小説がある。

「熱い絹」。

後にも先にも、僕が読んだ清張の小説は、

この 「熱い絹」 だけ。

でも、とても面白かった。

まさに小説の舞台となったキャメロンハイランドで、

上下巻、一気に読んだ。



駐在中に読んだマレーシア関連本の中には、
尊敬する鶴見良行(哲学者・鶴見俊輔の従兄弟)の著作も何冊かある。

鶴見良行の本で最も印象的だったのは、

「マラッカ物語」。

ものすごく膨大な量の資料と現地調査のたまもの。

その本の443頁にはこう記されている――:

「(中略) 学問の細分化がもたらすこの難点を克服するには、学者にもっと広く読めと勧めても、おそらく無理だろう。 かれらは深く穴を掘るだけで精一杯だから。 とすると、土地言語(ブギ語など)に拠って学者が国際言語(英語その他)で書いた論文を読み漁り、他の土地の同種の事柄とつなぎあわせ(ブギとミンカバウ、マレーシアとフィリピン)、さらに民衆言語に翻訳し直すような、二次的報告書が必要になってくる。 松本清張、司馬遼太郎、陳舜臣氏らには、この種の仕事が見られる。」

(引用終わり)


「マラッカ物語」という驚異的な
歴史及び文化人類学的ルポルタージュ(?)の中でも、

僕にとってはこの部分が最も心に残った。

だって、鶴見良行の言うとおり、

清張の 「熱い絹」 は、
マラヤの当時の状況を、いわば民衆言語に翻訳し、二次的報告書の側面を
結果として持たせている本でもある、と感じたからだ。


そもそも当時の僕には、
異文化圏の人々(マレーシア人)とのコミュニケーションが
課題だったからでもある。


現地(マレーシア)で住んでいるときに読むと、
そんなふうに受け取ってしまうものなのかどうか、
今となってはよく分からないことだけど。

でも、そう考えた方が、ロマンチックでいいかも。


とにかく、僕にとっては、

鶴見良行を介して、
マレーシアと松本清張は交錯している。

マレーシアを介して、
鶴見良行と松本清張はリンクしている。

今回の松本清張の新聞記事を介して、
マレーシアと鶴見の本は僕の心に再びよみがえる。


清張の、日本を舞台にした 「点と線」 は
まだ読んだことがないけど、

そういうのも読んでみたくなった。

いや、待て待て。

それよりまず、またキャメロンハイランドに、
行きたい。

英国植民地時代の名残りを残す、
チューダー様式の、あのホテルに、また泊まりたい。

♪ テーマ曲 「サクラ咲く」 by 妹尾武 ♪

関連記事:

「熱い絹」
「境界線(ボーダーライン)はどこだ?」
「白川静という学者」
[PR]
by y_natsume1 | 2009-02-07 09:33 | マレーシア駐在記




夏目芳雄の東南アジア・映画・ジャズ・酒などに関するよもやま話です。
by y_natsume1
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧