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湯船に   つかる

2008年10月某日。 

週末の午後4時ごろ、 
まだ日の明るいうちに、
歩いて近くにある銭湯に行く。

結構混んでいる。

ここは某芸能人も時々来るというし(確かに近くに住んでるけどホンマかいな)、
義母がよく入りに来ていて、彼女は番台のご主人とも互いに顔見知り。

そんな関係もあって、僕もこの銭湯にはよく来る。


体を洗ったあと、
湯船につかる。

決してものすごく大きくはないが、
自宅の湯船よりは確実に数倍は大きい。

ゆっくりと、脱力感を味わう。

ほけーっとする。

自宅から歩いていける距離に、
まだ昔ながらの銭湯があるのは嬉しい。

この銭湯が簡単につぶれないよう、
繁盛していて欲しい気持も込めて、
時々家の風呂ではなく、わざわざ銭湯にやって来る。

気分転換にもいい。

風呂から上がったら、
定番、 瓶入りのコーヒー牛乳を買って番台近くで飲む。

グイっとね。

至福の時である。

秋の、夕刻、  体は  ほてる。

♪ テーマ曲 「それだけの秋」 by 清須邦義 ♪ 
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by y_natsume1 | 2008-10-25 18:09 | 日々の雑文

東の塔は 墨絵の如く

いまだに9月の記事をゆっくりUPだけど、ご容赦を。
ようやく3部作の最終回。
そんな たいそうなもんじゃないけどね。

******************

2008年9月某日。 

先日の記事の続き。 その翌日。

近鉄 西の京駅 から歩いてすぐの薬師寺へ。

着いた頃には雨も上がり、
濡れた地面と雨上がりの匂いがとても心地良い。

金堂内の薬師三尊像。

中央の薬師如来に向かって右側にある、日光菩薩。
左側にある、月光(がっこう)菩薩。

太陽と月の脇侍。

両者とも、
腰の辺りがちょっとひねってあって、
妙になまめかしく、色っぽい。

特に、月光菩薩。

仏像を見てセクシーと言うのも変かもしれないけれど、
初めて見た月光菩薩はことのほか色っぽくて、
そう感じるのだから仕方がない。

僕は気でもふれたのか、ふとどきにも、
ペニスを硬く勃起させてしまい、
この金堂の中で
月光菩薩を犯したくなる。

それほど美しいということだ。


菩薩はもともと悲や母性を表現しているそうだから、
女性として扱われることが多いとしても、
「仏」に本来性別はなく、
「菩薩」は釈迦の若い頃の修行時代の姿のはずだ。

なのに月光菩薩はどこか性的な魅力を持っている。

あるいは男性の姿と女性(母性)の心を持つ、
中性的な魅力といったら少々的外れな表現か。

とにかく、官能的なんだ。


数ヶ月前に東京に来たとき(注)、見とくんだったか?

いや、 でも、それはそれで良かったのかもしれない。

展覧会で見るのも決して悪くないけれど、

薬師寺という、本来の空間で見ることができるのも、
それはそれでいいのだ、と。

(注)
あとで友人と話していたら、この三尊像は2008年3月ごろから、東京の博物館にお出ましになっていたらしい。 そしてそれは史上初のことなのだという。 僕は仕事が忙しい時期で、メディアに薬師寺関係の話題が出てるなぁ位には思っていたけれど、結局行かずじまい。 まさかその仏像がこれだったとは。 意識していなかっただけに、何かに導かれるように今回この時期に薬師寺を訪れて本当に良かったと思う。 いつかは観ることになる運命だったのかもしれない。 無知だったし計画性も何もなかったのだけど、結果として仏像様たちが関東に旅に出ておられる時期でなく、薬師寺に戻った後の時期に来れて、幸運だった。 



・・・・・ 月光菩薩に見ほれつつ、
そのまま金堂の中から後ろを振り返ると
中門とその両側に塔が2つ、視界に入る。

なんて美しい光景なんだろう。


・・・・・・薬師寺の西塔は1981年に再建された。
だから建築物自体としてはまだ新しい。
カラフルで朱(丹色)や緑(青色)に彩られていて、まさに、「青丹よし」。
キレイだ。


一方、東塔は薬師寺の建築物の中でも唯一
奈良時代の創建当時から現存しているものだそうで、
写真と違って実際に観ると、こちらはカラフルどころか色彩的にはまるで墨絵のような、
古きモノトーンの美しさ。

雨上がりで濡れているせいか、
東塔の墨絵のような佇まいが、ことのほか優美に感じられる。

東塔と西塔。

まるで印象の異なる2つの塔。

どちらも美しいけど、どちらかといえば僕は
シンプルでモノトーンの東塔の方が好きだ。

(旅から帰った後、再建を中心になって担当した西岡棟梁の言葉を知って、再建された西塔を、今はまだどうこう言うべきではないのかもしれない、ということを思いしったんだけどね・・・。)


・・・・・・ さて、この寺を出て、どうしようか。

濡れた石畳を少しずつ、歩む。

東の国に帰る時間までまだもう少し、ある。
月が出るにも、早い時間だ。

日本酒を、頂くとしますかね。

こんなに美しいものを観たんだから、
平静で素面でなんか、いられるわけがない。

飲みたい。

大和路の空間に、 酔おう。


♪テーマ曲 「瀧 ~waterfall~」 (藤原道山) by 古武道 ♪
♪テーマ曲 「空に咲く花」 (古川展生) by 古武道 ♪
♪テーマ曲 「風の都」 (妹尾武) by 古武道 ♪
♪テーマ曲 「それだけの秋」 by 清須邦義 ♪

(奈良関係の連載記事  終わり)

関連記事:
「いにしえの 春日の森の 神の空間(くに)」
「大和路の 夕陽に映える 寺を見る」
「東の塔は 墨絵の如く」



<追記>

西塔の再建は西岡常一氏という宮大工を中心になされたそうである。

さすが法隆寺・昭和の大修理をも担った西岡棟梁の、
大変なお仕事がしのばれる。

しかも、西岡棟梁は西塔ができあがってもちっとも喜ばず、何百年か経ってみないと今は良いも悪いも言いようがない、とおっしゃったそうな。 

対の東塔は千三百年前に建ったものだから、西塔の評価も何百年か経たないと、何も言えないということ。

すごい。

その言葉。
 
哲学も文化も歴史も、
謙虚にわきまえている、宮大工の重みのある言葉ではなかろうか。
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by y_natsume1 | 2008-10-21 19:52 | アジア的独白

十六夜の月を  探し出せ!

2008年10月16日(木)。

この日は月子さん(仮名、注)の命日。

もうちょっと正確に言えば、
10月15日の深夜、 
16日の午前零時半ごろ。

**************

今月、神様は江戸にはいない。

全国の神々は出雲に集まって何やら話をしているらしい。

だから、(出雲以外の場所では、) 今月は神無月と呼ばれる、らしい。

月子さんが生前、一番好きだった曲、
ナット・キング・コールの 「キサス・キサス・キサス」 をかける。

香を焚く。

冥福を祈る。

夜空を見て、月を、 探す。

**************


NHKのテレビ時代劇、「陽炎の辻 2」を観ていると、
江戸時代の、吉原のしきたりが出てくる。

旧暦8月(新暦の9月)の中秋の名月(十五夜)のときだけは、
男性客がそれなりのお金を払えば、
吉原の売れっ子を一夜中独り占めすることができたそうだ。

もちろん、女性の側の同意が必要。
お金を積まれても、いくらひいきのお客でも、
相手の男を気に入らなければ断ってもいい。

その代わり、いったん中秋の名月(十五夜)で独り占めしたら、
翌月9月(新暦では10月)の十六夜でもう一度、
男はまたも大金をはたいて登楼するか、
お月見に女性を外に連れ出さないといけないんだそうだ。

普段、吉原の遊女は吉原の外になんか出られやしないけど、
このときだけは特別だったらしい。

今で言う、店外デート?

吉原への登楼だけでいいのか、外にお月見に連れ出さなきゃいけないのか、
どっちでもいいのか、
そこらへんはよくわからないけど。

いずれにしても、
十五夜の片方だけではだめという考えを、吉原がうまく利用したのだろう。

十五夜の月だけ見て翌月の十六夜の月を祝わないのは、
片月見といって嫌われたからなんだそうな。

後(のち)の月、という風習らしい。


現代だって、十五夜の月を愛でたカップルが、
いろんな事情はあろうとも、とにかく、
翌月の十六夜の月も、同じ相手と一緒に祝うことができれば、
それはステキなことだろう。

そうなるよう、応援したくなる。

もちろん、お月見は、天気にもよるんだろうけどさ。


*************


そいでもって、月は、 どこだ ?
今夜は月暦からすると、十六夜の月 のはずだけど?

月子さんと十六夜の月。


11年前の、
クアラルンプール チャイナタウンの深夜を、
僕は  忘れていない。


あのときは、 月を見上げる余裕すら、 

なかった。

あるかよ、 そんなもん。

バカヤロウ。

ムスリムの国にいても、
毎夜その象徴を探そうとする気持ちなんて、

なかったさ。


♪ テーマ曲 「キサス・キサス・キサス」 by ナット・キング・コール ♪


関連記事:
「月子さんのお話(4) ~遊郭の夕べ~」
「神無月は見えているか?」
「緊急事態」

(注)

今回のブログ記事では、「月子さん(仮名)」 は自分の実母のことだ。

けれど、記事内容によっては、「月子さん」が常に実母を表わすとは限らない。 想像上の人のこともあれば、既にこの世にいない人のこともあるし、まったく別の、実在している人の場合もある。 書いている記事内容によって月子さんという人は変化自在なのだ。

僕には実母、継母、義母と3人の母親がいる。 
だから僕のブログでは区別するために単に母ではなく実母と書くことも時々ある。 

継母と義母はありがたいことに、今も息災だ。
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by y_natsume1 | 2008-10-16 19:54 | Moon

ほどほどがよいのだ  ~僕の幸せな時間~

いつからだろう、 「中庸」 というコンセプトが好きだ。

常に自分ができているとは限らないけれど、
理想としてはできるだけそういう状態を目指したいと思っている。

「中庸」 は決してどっちつかずの中途半端を意味するのではない。

真ん中の平均値をとればいいというものでもない。

絶妙なバランスの上に立った、程よい状態のことをいう。

ころあい、だ。

何事もやり過ぎてはいけない。

たとえ自分が心底好きなことでも。

映画も、音楽も、鑑賞し過ぎはよくない。

過ぎたるは及ばざるがごとし。

やらなさ過ぎてもいけないけど。 

***************

例えば、音楽。

ジョギングしている時や朝夕の通勤で歩いている時でさえ
携帯プレーヤーで聴くほどのものなのか。

まるで強迫観念があるみたいに。

聴き過ぎると、飽きるよ。

聴き過ぎると、せっかく好きな音楽なのに、
離れたくなる時期ができてしまうよ。

ときどきは、
BGMなしで周りの風景を見て、町の匂いをかぎ、自然の音を聞き、
シンプルに空間全体を感じている場面が、あってもいいと思うのだが。

何より、

(地方の安全な場所ならいざ知らず) 
都内で
音楽聴きながら走ったり歩いたりするなんて、

車や自転車の音が聞こえにくくて、
けっこう危ない。 

気づいてないんだろうか。

道の真ん中で悠々と歩いてるけど、後ろから来てる車に。

他人様にも迷惑だ。

満員電車の中だと新聞さえ読めないことも多いから、
そういう場合は携帯プレーヤーで音楽を、というぐらいは分かるんだけど。



恐れずに、たまには、「静寂」 を見つけて、
それを愛せばいい。

静けさは、ときには必要だ。

現代の東京は音の暴力といってもいいぐらい、うるさ過ぎるのだ。

テレビ番組も、街中の店舗も、飲食店も。


(誰かが某新聞記事でインタビューにこたえていたけど、だいたい、今のマスコミは事実を伝えるというインフォメーションと、娯楽を提供するエンターテインメントとを、ニュース報道において混同し過ぎているんじゃなかろうか? だからキャスターたちもあんなにせわしなく、けたたましいんじゃないのか? それこそ、たまには小津安二郎の昔の映画を観て、女優の台詞のしゃべり方やイントネーションを観察してみろと言いたくなる。 今は周りのすばやい流れに合わせなきゃいけないから、そんなの観察したってどうしようもないのかもしれないけど。 ) 



例えば、映画。

観過ぎると、本当に肝心な所で映画の良さを素直に楽しめなくなる。

不感症になる。
麻痺する。

何が良いのか分かりにくくなる。

映画マニアになり過ぎてもいけない。

これは数年前に読んだ、立川志らくの「現代映画聖書」(講談社)で
志らく自身も書いていることだ。

同じようなことを考える映画ファンもいるもんだなと思った。



・・・・・・ たまには違う何かを楽しもう。

映画や音楽ではなく、
絵や仏教美術や写経やお香などが、

かえって映画や音楽の良さを思い出させてくれることもある。


最近の僕の行動パターンとしては、

いくら映画や音楽が大好きでも、
意識的に引く時を設ける。

全くの静寂のまま、過ごす時間を作る。

僕が時々鎌倉の某小料理屋に行くのも、
そこがとても静かで BGMなどないからだし、

長谷寺や自宅で写経するのも、お寺に行くのも、お香を焚くのも、
静けさと瞑想を楽しませてもらっているからだ。


静寂は大切だ。

穏やかな気分になり、それがある種の幸せにもつながる。


大好きな音楽さえかけず、
車の騒音も聞こえず(居場所にもよるけど)、
テレビを消して、ニュースキャスターの下品で幼稚なコメントを遮断して、

静かに朝の自宅の空間で、

コーヒーを飲みながら新聞を読む感性が、

次の音楽や仕事や遊びへの期待値を膨らませてくれることだってある。

そう信じている。

ジャンプするにも屈伸が必要だ。


逆に、アコースティックな音楽を意識的にかける朝もある。

もちろん、毎日ではなく、ときどきだけど。

緑茶やコーヒーを飲みつつ、
馴染みのフーやジャズをかけるのではなく(そういうのも悪くないけど)、
インディーズ系レーベルの静かでフォーキーな
アメリカン・ルーツ・ミュージックをかけてみるのも結構いい。

アメリカン・ルーツ・ミュージックっていうか、
ポスト何とかでもオルタナティブ何とかでも、呼び名は何でもいい。

ジャンル分け不能・不要の、とにかく音楽だ。


ポートランドやオースティン、メンフィス辺りの
独立系マイナーレーベルには、
日本の一般消費者やメジャー市場にはそれほど知られていないけど、
とてもデキの良いアコースティックな音楽がごろごろ転がっている。

そういうのをかける。

Ida
M.Ward
Joe Henry
Neal Casal
Stanley Smith
Luther Russell
Innocence Mission
Red House Painters

などなど。

チェロのソロ演奏や、ボサノバ、1960年代の映画サントラもいい。

コーヒーを飲みながらこういう音楽をかけて過ごしていると、
とても幸せになる。

出勤しなきゃいけない平日の朝になんか かけると、
かえって休日と本気で勘違いしそうになる音楽ばかりだから、
働く日の朝はちょっと注意が必要だけど。

一度本当にそういう日があった。 
自分でも大ボケかましそうになって苦笑した。 
慌てて会社に行こうと玄関を出た。

心地良すぎて、トリップしてしまったのだ。 

まるで上の空というか、風流に生きるロマンチスト過ぎてもいけない。 

それこそ中庸の考えが大切で、

社会に出てしっかり仕事するリアリストと
風流に生きるロマンチストとの、

バランスをうまく取っていたいもんだが。 



こういった朝の過ごし方は、

決して満員電車での携帯プレーヤーではあり得ないし、

車が行き交う道でジョギングしながら(あるいは歩きながら)、
独りよがりに鑑賞するヘッドホン音楽でもあり得ない。

「空間」 が大切な要素でもあるからだ。



************

とにかく、物事は、

やり過ぎてはいけない。

やらなさ過ぎてもいけない。

健康の面でも、食べ過ぎや飲み過ぎがいけないように。

じゃぁ、
「アレ」 をやり過ぎたらいけない、とでもいうのだろうか? 
人を好きになり過ぎてはいけない、とでもいうのだろうか?

って話に、すぐ なりそうだな。

どうなんだろうねぇ?

       What's your thought on this ?

♪ テーマ曲 「transfiguration #1」 by M. Ward♪
♪ テーマ曲 「Parker's Mood」 by Joe Henry ♪
♪ テーマ曲 「Down On Your Back」 by Ida ♪

関連記事:
「伊達政宗五常訓」
「雨の古都 鎌倉」
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by y_natsume1 | 2008-10-12 14:23 | 日々の雑文

大和路の 夕陽に映える 寺を見る

2008年9月某日。 大和路。

先日の記事の続き。

春日の森から北へ歩くと、
やがて東大寺に至る。

南大門の金剛力士像に見とれつつ、
視線を北に移し、
門の位置から金堂(大仏殿)を見上げる。

大きい。

巨大だ。

なんて大きいんだろう。

大きさそのものに感動する。

(そういうふうに管理しているのだろうから当たり前といえば当たり前だけど)

周りに金堂の景観を邪魔するような大きなビルなどがなく、
視界がさえぎられていないのが、いい。

あたりの空気が澄んでいて、澱みがない。
そんなふうに強く感じる。

広々としたこのあたりの空間は、
そして高く突き抜けるような空は、

この寺の大きさを堪能するのに必要な、
良い意味での 「余白」 みたいなものなのかもしれない。

それも、 とても大きな余白。
それだけ大きな余白が、ここには必要なのだと主張するかのごとく。

やっぱり、時間よりも空間が必要なんだろうな。

空間を維持すること。
空間を移動すること。
空間を味わうこと。


大仏様も、奈良を訪れること自体も、
僕は小学校の修学旅行で来て以来。

約30年ぶり。

奈良の観光地の中でも最も基本的、典型的なお寺で、
いわば、ありふれた「ベタな」ところなのだけど、
だからこそ良い。

来てみて本当に良かった。


・・・・・・ 東西の二つの七重の塔は、現存していない。

今ここには ない。

それこそ、タイムマシンに乗って
この目で観てみたいものだが。


現代の建築基準法では再建が難しいのだそうだ。

建築基準法を満たすために
鉄筋コンクリートなら技術的にできないこともない、
けれど、木造でやらないのなら、
再建する意味が違ってきてしまう、
それでいいのか悪いのか・・・・・。

薬師寺の西塔は最近再建されたけど、
あれはどうなってるんだろうなぁと思ったり。


・・・・・・大仏様を鑑賞し、
金堂を出て右の方角を見たら、
さっきはそれほどでもなかった夕陽が
より一層 オレンジ色に輝いている。

美しい。

さえぎる物は何もない。

もしこの瞬間、東塔や西塔が現存していたら、
この夕陽はどんなふうに見えるのだろうと思う。

夕陽は隠されてしまうのだろうか。

それとも、良い角度で塔は西日を称えるだろうか。



・・・・・・ もう少ししたら、夜の帳が降りるだろう。

真っ暗になるだろう。

暗くなれば僕はこの広々とした空間に思いを馳せながら、
酒を飲むつもりだ。

燗がいい。

やがてしたたかに酔っ払った僕は
さらに酒を口にふくんだまま、
この世とあの世のはざまの参道を
猛スピードで逆方向に駆け抜けて、
どこかに必ずいるはずの月子さん(仮名)のところまで行きたくなるだろう。

自分の口に含んだ清めの酒を
口移しで月子さんに直接届けるために。

だってそうすれば、この大和路の夜空に、
妖しい赤い月を 見ることが できるかもしれないじゃないか。

そうだろ。

いや、きっとそうだ。

そう信じたい。


そのとき 酒は もはや清めの酒ではなく、

いにしえの都を、夜の間だけ
異次元の妖しい空間と感じるための、
官能的な媚薬に変化(へんげ)していることだろう。


もうすぐ、

僕のようなエトランジェ(=よそ者)にとっての夜が、

やってくる。

「旅人の夜」 という異次元の空間が、

やって来そうなのだ――。

A stranger in the night


♪ テーマ曲 「赤とんぼ」 (山田耕筰・作曲) by 妹尾武 ♪
♪ テーマ曲 「My Favorite Things」 by John Coltrane ♪
♪ テーマ曲 「Strangers In The Night」 by Frank Sinatra ♪


(つづく)

関連記事:
「いにしえの 春日の森の 神の空間(くに)」
「大和路の 夕陽に映える 寺を見る」
「東の塔は 墨絵の如く」
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by y_natsume1 | 2008-10-08 21:33 | アジア的独白

お肌のお手入れ  してますか?

久しぶりに旧友たちとの飲み会があり、

そのうち何人かの女性から、

「ちょっとぉ、 相変わらず肌がきれいねぇ、手もすっごくきれいだしさぁ」

「顔だって ゆで卵むいたみたいにツルツルじゃない」

「なんかやってるの? どうやって手入れしてるの?」

「もったいつけずに何やってるか聞かせてよ」

「それにさ、なんか表情が穏やかになったね。 なんかあった?」


・・・・・・・ 矢継ぎ早の質問である。

もちろん、この 「肌がきれい」 という彼女たちのお言葉には
「40歳代の男の割には」 という注釈が暗黙のうちに当然つくのであって、
決して20代、30代の頃の僕と
全く同じと言っているわけではない(だろうな、たぶん)。

とにかく、40代ともなれば、(いや、40代ならずとも、か)
お肌についてやはり女性たちは関心があるのだろう。

僕はあまり関心がない。
お肌に良いことや手入れなど、僕は特になーんにもしていない、はず。

(アレルギーや何かの皮膚病ならいざ知らず、
そういうのでもないのに普段から肌のこと気にしてる男というのも気持悪いかも?)

逆にお肌の大敵、明け方まで飲んでるし、
タバコもしっかり吸っている。

あえて言えば、
毎年、秋冬の時期だけ
乾燥防止のために風呂上りに顔と手の甲に
普通の市販のクリーム(近江兄弟社のメンターム)を塗る程度。

それだけだ。

他には思い浮かばない。


表情が穏やかになったのは、
(もし言われるようにそれが本当なら)たぶん、
転職したのが (いくつか問題はあろうとも)、
全体的な方向性としてはまぁ、良かったのかもしれない。


極端に負荷のかかったストレスが減ったせいで、
穏やかな表情になってきただけでなく、
お肌にも良い影響が現れたのだ、
ということは言えるかもしれないけどね。



で、帰宅して、 考えてみた。

この数ヶ月で、他に何か変わったこと。

あったっけなぁ・・・・・?











・・・・・・ あ、 あるにはあった。

四国にいる実父の影響で、
サプリメントをいくつか飲み始めた。

ウコン、セサミン、アミノ酸のシトルリンとかいうやつ。

この3種類は毎朝飲んでいる。

(実の父とは今から3年前、僕が40歳のときに37年ぶりに再会した。 そのとき彼も僕の手を見て、しみじみと、キレイな手ぇしとるのぉ、と言っていたなぁ。)


けどなぁ、

元々僕は新陳代謝が良いらしく、
ちょいとスパイシーな食事をすればすぐに頭から大汗をかくし、
毎日快便だし(一日に2回も3回もお通じがあることも珍しくない)。

だから、サプリメントが直接の理由というよりも、
もともとそういう体質で、恵まれているから、じゃないかと。

そういう健康体に産んでくれた親に感謝している。

それと、毎日の何気ない食生活や、
生き方そのものなんかも、結局は関係してくるのかもしれない。

「生活習慣が人の心と体を作る」 ・・・・By ドクター日野原センセ。

習慣に加えて、環境も大きいんだろうな。

サプリメントは、飲まないよりは飲んだ方がいいんだろうけどね。
文字通りサプリメントは「補助」にしか過ぎないんだろうけど。


あと、
潤いのあるお肌に意外にも影響しているのは、
もしかしたらサプリメントなんかより、
むしろ、

「アレ」

なのかも・・・・・・?

♪ テーマ曲 「The Lakes of Canada」 by The Innocence Mission ♪
♪ テーマ曲 「Victor Jara's Hands」 by Calexico ♪
♪ テーマ曲 「Two Silver Trees」 by Calexico ♪
♪ テーマ曲 「The News About William」 by Calexico ♪
♪ テーマ曲 「Between Days」 by Red House Painters ♪

(追記) 
「アレ」は皆さんで勝手にご想像下さい(笑)。 いろんな「アレ」が考えられるでしょうね。


ちなみに、先日うちの王子の幼稚園運動会でチョー有名芸能人S氏を今年も見かけた。
父兄参加の大玉転がしで同じチームで、僕の次にS氏が走ったんだけど。
そばで見てもS氏の肌はきれいだった。 とても御齢50代には見えない。
僕と違って全然お腹も出ていないし、ジーンズは似合うし、かっくいい。
「子供が2人いると(年長さん父兄の競技と年少さん父兄の競技)どっちも出なきゃいけないから大変なんですよねぇ(笑)」 なんてS氏本人は爽やかに言いながら微笑を。 そう言うS氏のお肌はつやつやでありましたぜぃ。 
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by y_natsume1 | 2008-10-05 13:33 | 日々の雑文

映画 「おくりびと」 ~チェロと食い物の音と余貴美子~

2008年10月某日。

映画 「おくりびと」 を観る。

先日の僕のブログ記事で書いたように、
鎌倉・光明寺で古武道のライブがあった。

そこでチェリストの古川展生さんが、
この映画のサントラ音楽で演奏してきましたよ、というお話があったし、

もともと、人の死生観がテーマのこういう映画は
宗教や文化は違っても外国にも訴えかけるものがあるのでは、と思うし、
前からぜひ観たいと思ってた。


それにしても、チェロの音は美しい。

それにしても、食い物の音はリアルに感じさせる。

それにしても、余貴美子さんのジーンズに長い黒髪はなんと色っぽいのだろう。

余さん、スリムなのに、胸だけはドンと飛び出て、
とてもセクシーなスタイル。

美しい。

この人、ホントに50歳代か? 肌もきれいだし、嘘でしょ。



笹野高史や吉行和子の役柄設定がとてもヒューマンでいい。

山形の街並みや風景もノスタルジックで自然が美しい。

でも、残念ながら広末涼子は少々違和感あり。
チェロ主体の音楽もちょっと使いすぎかも?



主演俳優は頑張っているのが画面からもはっきり分かる。

チェロの演奏シーン、納棺の一連の儀式、
手の動き、所作、立居振舞、・・・・・・、
本木雅弘さんはとてもよくやっていると思う。

この俳優、実はかなりの努力家なのでは。

偉い。 


映画が終わって、
所用で夜の有楽町の町を久しぶりに歩いた。

前回、有楽町や銀座界隈に遊びに来てからまだ数ヶ月しか経っていないのに、

丸井ができたり、まるで人の流れが変っていたり、
新たな飲食店ができていたり・・・。

町というのは、数年間ずっとビジュアル的イメージが変わらない時期もあれば、
たった数ヶ月のうちに見事に印象を変えることもある。

今の有楽町駅近辺が後者のそれだ。

この映画、
脚本を書いた小山薫堂は、
自作短編小説の「フィルム」といい、この映画といい、
父親と別れたナイーブな青年(というか中年男性)を描くのがうまいねぇ。

僕の場合、この映画はさておき、
今から3年前、
40歳の時に、37年ぶりに実の父親に再会したんだけど。

しかも、実父は2枚目で僕よりお酒が強くて、
今でも不良っぽいのがとても良かった。

会うなら、そりゃ相手が病気でよぼよぼなんかじゃない方が、いい。
いや、生きていてくれるだけで、尊いのだろうけどね。

事実は小説よりも奇なり。

幸い、僕が実父と再会できたのは、いろいろいきさつはあったのだけど、
それはそれでよかったんだろうね・・・。

あのまま、会うこともなくずっと過ごしていたら、と思うと不思議な気もするが。


多摩川の河原に行って、 小石、  拾ってみるか。

石文(いしぶみ)。 Stone Message、 いや、 Stone Letter ?


チェロの音を、 生で、 聴きたい。

変わる町並みと、変わらない(と信ずる)もの。


父さん、こないだ、月がきれいな夜だったかな、
僕が六本木のイタリアン・バールで食事しようとしてるとき、

酔っ払って僕の携帯に電話してきたね(笑)。

ありがと。


♪ テーマ曲 「無伴奏チェロ組曲1番」 (JSバッハ) by 古川展生 ♪

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「光明寺の調べが 材木座の海に 届くころ」
「三線の調べに酔っておるのだ」
「四国の夜が 更けてゆく」
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by y_natsume1 | 2008-10-02 17:54 | 過去の映画評「あ」




夏目芳雄の東南アジア・映画・ジャズ・酒などに関するよもやま話です。
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