カテゴリ
Entrance ようこそ
Biography 略歴
夏目芳雄の著作物
Moon
アジア的独白
鎌倉湘南Seaside
酒×酒
Back Street Days
四国
Music Bang Bang
Jazz Night
ビートニク
マレーシア駐在記
シンガポール
ベトナム
南の島
韓国
中国
キューバ
メキシコ
アメリカ
Books
日々の雑文
子供語録
ごはん
映画言いたい放題
過去の映画評「あ」
過去の映画評「か」
過去の映画評「さ」
過去の映画評「た」
過去の映画評「な」
過去の映画評「は」
過去の映画評「ま」
過去の映画評「や」
過去の映画評「ら」
過去の映画評「わ」
その他
以前の記事
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2012年 12月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月


<   2008年 02月 ( 10 )   > この月の画像一覧

春になる前の3日目か4日目?

2008年2月23日(土) 午後。

ヘンリー・ミラーの短編、「春の三日目か四日目」 より引用。

・・・・・ 十字軍のあとが黒死病。

コロンブスのあとが梅毒。

ソノウスカ嬢のあとが精神分裂病である。・・・・・・


・・・・・・ 私は神の人であり、同時に悪魔の人でもある。 

そのどちらに対しても公平でなければならない。 

永遠なものは何一つなく、絶対なものも何一つない。 

私の眼前にいつも浮かぶのは我々人間の肉体のイメージであり、それは一本のペニスと二つの睾丸からなる三位一体の神なのである。 

右に父なる神があり、左には右のより少し下にさがっている子なる神があり、そしてこの両者のあいだのやや上のところに精霊がある。 

私は、この聖なる三位一体が人間によって作られたものであり、またそれはさまざまな変化を際限なく経験するだろうと常々思っている。・・・・・・・


・・・・・・・ 一歩踏み出すごとに、その一歩が最後の一歩となり、それとともに自分自身も含めて世界全体が死んでいく。

我々は今この地上にいて決して終わりを迎えることはない、というのも過去は決して消えてなくならず、未来は決して始まらず、現在は決して終わることがないからだ。・・・・・・・・・・・・・


(引用終り)

(以上、ヘンリー・ミラー 「春の三日目か四日目」 
      /「黒い春」 (水声社、訳・山崎勉)  より全て引用)

*******************

「春一番」という名の早春の黄砂は、僕のすぐ目の前で
過去と現在と未来を荒々しく駆け巡っている。

すさまじい風と砂埃と少しの雨粒が僕を取り囲む。

冷戦のあとがエイズ?
鎌倉のあとがペルノー中毒?


そして今、春の砂嵐は僕をどんどん追い越していく。

過去が現在を凌駕し、未来と闘うかのように。

掌から、指と指の間から、砂となって
あの「大切なこと」がこぼれていくように。

もう、決して取り返しがつかないのだと僕に言いきかせるように。

二つの睾丸に挟まれた僕の精霊は
ちゃんと固く勃起しているというのに。

この早春の黄砂はまるで知らん振りを決めているようで、
どんどん僕を追い越していくのだ。

これじゃ、
精霊が恍惚の頂点に達するまでに
あと何万光年かかるか分からないほどだ。

もちろん、本格的な春の訪れはまだまだ先だけど、

僕は永遠に追いつけないのだろうか、 
  春の砂嵐の中に潜む、
     妖艶で魅力的なオパールの面影には。



     「没有(メイヨウ)?」


♪ テーマ曲 「交響曲第6番 田園」 by ベートーベン♪
♪ テーマ曲 「はるかぜ」 by doa ♪
♪ テーマ曲 「Homeless」 by Solas♪

関連記事:
「鳴門の渦潮はエーゲ海にもあるのだろうか」
「魔性の都市で杯を (4) 最終回」
「もっと売れて欲しいバンド doa」
[PR]
by y_natsume1 | 2008-02-27 21:59 | Books

しだれ桜に無粋なことを

2008年2月21日(木) 夜。

この夜は、 心底会いたい人には結果として会えず、 

けれど会おうと思ってさえいなかったプロのジャズ・ミュージシャンたちと
なぜか出会い、直接お話し、
一緒のテーブルでお酒を飲む栄誉にあずかった夜だった。


十五夜の月。 満月。

東京では皆既日食ではなく、
ふつうの満月が、おぼろ月として目に映っている。

深夜、タクシーで自宅に戻る途中のことだ。

自宅の近くのバス通り沿いにある、
いつものステキな古い某洋館が視界に入る。

その敷地内にある広い庭(というか駐車場?)にある、
古い大きなしだれ桜のことは以前のエントリ記事でも書いた。

その桜の木について。


毎年桜の咲く時期に、
少し離れた地面から微妙に小さめのライトで照らされる夜のしだれ桜は、

妖艶という言葉がピッタリで、
それはもう見事である。

敷地には壁などがないので、
僕たち一般人にも全体が眺められたのだ。


最近、この洋館と、その隣接する土地建物を同時に、
テレビにもよく出ている、ある有名人が
購入したそうだ。

見る見るうちに改装され、
洋館の駐車場部分にはしだれ桜の木に迫る勢いで
住居だか事務所だかが建てられ、

しだれ桜の木は、切られることはなかったが、
車2台分のガレージ&門の中、となった。

だから、バス通りからは、
桜の木の上半分は今も見えるが、
下半分はガレージ&門の壁で見えない。

「もう、うちの物になったし、
壁も作っちゃったけど、
今まで通り近所の皆さんには桜の花が見えればいいでしょ、ね?」

っていう感性がミエミエだ。


けれど、考えてもみろ。

下部から当てた夜のライトアップも、
それじゃ、味わえないだろう。

それにそもそも、
しだれ桜は下の方が見えてないんだったら、
そのしだれの美しさが分からないだろうが。


洋館に外交官が住んでいたあの頃から、
このしだれ桜は既にある意味で

「一定の公共性」

を持っていた。

僕を含めてここを通る近所の人たちが、
一年のうちその時期だけでも、その全体をしばし眺め、
見事な桜だと思ったものだ。

それが今は上半分だけ、
申し訳程度にしか見えなくなった。

あれは全体が見えなければ、意味がないのに。

なんだか、今のしだれ桜の木は、
すぐ傍まで迫りくる敷地内の建物とガレージの壁によって、

息が詰まりそうだ

と言っているようにさえ見える。

例えば、

富士山が描かれた浮世絵で空の部分、つまり空間がいかに大事か。

花道や盆栽で全体のバランスや形に注力することがいかに大切か。

  知らないのか。

壁で囲むことなどもってのほかで、
壁ではなく、もっと空間が必要なのだ。

空間を含めたバランスなのだ、景観は。


だから、あの洋館の以前の所有者は壁など築かなかったのだ。
以前の持ち主は、たぶん分かっていたのだ。


今回、某有名人の個人所有となった桜に、
近所の一般人が目くじらをたてる権利はないのかもしれないし、

この某有名人を個人的には嫌いではないのだが、

あぁ、やっぱりこの人(あるいはその奥さん)には、

美的感覚がなく、
文化的素養もないのだと思ってしまう。

上半分だけでも見せてりゃいいでしょ、
見せないよりはましでしょ、
って感じがそこはかとなく伝わってくるその有様そのものが、

もう、すでに野卑な気がして、嫌なのだ。



あぁ、ダメだ、今の日本人は。

必要以上に手をかけないことの潔さや価値を忘れ、

お金で買えないはずの歴史や文化や美しさそのものを、
即物的にお金に換算し過ぎている。


坂口安吾の 「桜の森の満開の下」 を材料に、
もっと悪態をついてやろうかとさえ思う。


今夜のおぼろ月は、キチンと見ているだろう。
このザマを。

この無様な人間の愚行を。

まことに、 ブザマ だ。


しだれ桜の木は、
木全体とその周りにある空間全てで成り立っていた。

中途半端に見せるぐらいなら、
いっそのこと全部覆ってしまえ。

もうすぐ春になるというのに、

   バカヤロウ。

♪ テーマ曲 「Winter Always Turns to Spring」 by Bill Frisell ♪
 
関連記事:
「赤い三日月」
[PR]
by y_natsume1 | 2008-02-22 00:40 | Moon

鎌倉の後 にっかつロマンポルノ名作集

今回の記事はR-18。 18歳未満はここから先はご遠慮下さいませ。

(ってわざわざ断り入れるほど過激な内容ではないのだけど、一応ね。)

2008年2月16日(土) 昼。

先週末の鎌倉山ん中さまよい事件は、
(フィクションではなく実話なだけに)
今思うと結構やばかったような気がする。

足腰の痛さからすると1時間どころじゃなくて
3~4時間ぐらい歩いてたような気がするし、
タクシーは全然つかまらなかったし、

ものすごい寒さで、
由比ヶ浜のバーにたどり着いた時は、
(僕のいつもの風邪の前兆でもある)喉の痛みがちょっと出てきて、
体もガタガタ震えていたほど。

だって翌日(2月9日土曜)には
関東地方に雪が積もったほどだったんだからね。

一歩間違えれば(文字通り歩く方向が違っていれば)、シャレにならんことに。

そいでもって風邪も引きかけた。 今は大丈夫だけど。

いかんねぇ、酔いどれは。

トム・ウェイツだってチャールズ・ブコウスキーだって、
みんな酔いどれじゃないかと 言ってみても、

お前(夏目)は詩人でもアーティストでもないだろ、普通の会社員だろ、
と言われてその通り。

酩酊状態のくせに翌朝8時半ごろには
電車とバスを乗り継いで都内世田谷の自宅まで帰還できている
というありがたい展開。 

おそらく、居眠りで乗り過ごすこともなく、1時間半ほどで到着した模様。

失くしたものは片方の手袋のみ。
財布の中身も鞄も無事だった。

43歳にもなって自慢できることじゃないけど・・・。

誰かに守られてるんだろうか。


**************

この日(2008年2月16日土曜)、お昼に所用で横浜チャイナタウンへ。

その後、鎌倉へ移動。

由比ヶ浜の某カフェ(あのバーじゃないよ)で
海をボーっと眺めながらラムを数杯。

また飲むのか。

冬の海は誰もいないけどそれはそれでステキだ、
などとカッコつけて言う場面ではない。

湘南の海岸は冬場でも
サーファーやら犬を連れた人やらデート中のカップルなど、
けっこう人がいるのだ。

冬のドーヴィルのようにはいかない。(映画「男と女」のことだ。)


夕方、帰宅して、
先週末の凍えそうな「さまよい事件」を思い出しつつ、
にっかつロマンポルノの名作DVDをかける。

「赫い髪の女」(1979)、 

神代辰巳監督、宮下順子&石橋蓮司主演。

原作は芥川賞作家、中上健次の「赫髪」。

なんと荒涼とした情景を描いていることだろう。 
その荒涼さは、僕が鎌倉をさまよっていた心情にマッチする。

にっかつロマンポルノとはいえ、
原作者も監督も出演俳優も、
簡単にポルノと片付けるわけにはいかない人たちばかり。

宮下順子さんだぞ。 なんて色っぽいんだろ。

石橋蓮司さんだぞ、阿藤海さんだぞ、神代監督だぞ。
 
しかもデキが良い。 

陰うつではあるけれど、どっかの下手な一般映画よりよっぽど、
人間の業(ごう)や性(さが)、情念をちゃんと描いてる。

肉体労働や土着文化の側面も。

セックスシーンも今の時代からすればかなりおとなしめで、
本番AVと比べれば、
(本番と比べてもしょうがないけど)
これでなんでポルノ?って感じさえする。

当時、女性たちはポルノ映画をわざわざ映画館にまで
観に行けなかっただろうから、

こういう名作をなかなか観る機会がなかったのは
残念だろうなと思ってた。

最近は渋谷辺りで
女性が参加する昭和・にっかつロマンポルノの上映イベント
なんかもあったりするが。


これ以外にもにっかつロマンポルノには隠れた名作が多い。

「狂った果実」 (1981)。

監督は駆け出しの頃の(なんと!)、根岸吉太郎。

主演は本間優二、蜷川有紀(劇団四季の蜷川幸雄の姪)、
それに大御所、岡田英次まで出てる。

主題歌はアリスの同名曲。

これ、一般映画でしょう、今の感覚では。

階級社会、若さゆえの残酷さ、狂気、衝撃的なラスト。

こういう作品がポルノだからって埋もれているのは寂しい。


そうそう、
湘南の女子高生を真夏の日差しの下、見事な撮影で切り取った、

「セーラー服百合族」 (1983) 那須博之監督、

なんかもとても出来がいい。

(DVD化時点で「制服 百合族」にタイトル変更。)

実は那須監督は後に「ビーバップハイスクール」とか「デビルマン」などを撮っている。

この「セーラー服百合族」という作品、
僕は公開当時に1度観ただけなのだが、強く印象に残っている。

もちろん18歳の男の子が観るのだからセックスシーンはもちろんだけど、
特に撮影がよかった。

江ノ電が美しく撮れている。

緑や青の色彩を基調に、
光の処理が抜群だなぁと(素人なりに当時は思った)。


にっかつロマンポルノ、あなどりがたし。

疾走しよう、peleの曲をかけながら。

ハイになろう、安物のラムをグイグイやりながら。


♪ テーマ曲 「nude beach, pin hole camera」 by pele ♪

関連記事:
「京の女に言ふ (2)」
「狂った果実 (根岸吉太郎監督版)」
[PR]
by y_natsume1 | 2008-02-17 10:38 | 映画言いたい放題

京の女に言ふ (2)

2008年2月8日(金) 夜。

Chinese New Yearのお祝いと称して
鎌倉の山の中にある、某居酒屋へ。

この辺りは星がとてもよく見える。
けれど月は見えない。 どうして? 新月だっけ?
(そうだ、2月7日は旧正月の元旦なんだから、当然新月で見えないんだ。)

カウンター席の端っこ。

高知の地酒、南を常温で (南を置いてあるとは珍しい店だ)。

ぶわぶわ(あげと卵を甘く煮たもの)、
タラの芽の天ぷら、
奈良の濁り酒、どぶを燗で。

店主からブラックデビルというタバコを1本頂く。 
甘く、 香ばしい匂い。

テレビ局勤務らしい3人組(男1、女2)の客。
大船、逗子あたりの地元民とのこと。

彼女らは僕にときおり話しかけてくれる。

(男1人で寂しそうとでも思ってくれたのか。僕なりに1人を楽しんではいたが。)

そして僕のタラの芽の天ぷらを見て、美味しそうと言う。
おすそわけする。

お礼にと、カワハギをすすめられる。 
タコの柚子じめも。

うまい。 日本酒に合う。

彼女らは、
1人客は僕以外にもう1人いるのに、
僕の方に興味を持ってくれたのか。

考えすぎだな。
単に席がすぐ隣だっただけのことだろう。

女性は2人ともとても魅力的だ。
もちろん性的な意味で。

(あとで2人とも年齢が40代だと聞いて驚く。 1人は20代、もう1人は30代かと本気で思ってた。 居酒屋の照明のほの暗さはこういうことも引き起こす。)

男性の方はこの居酒屋に10年ぐらい通っているという礼儀正しい40歳。

4人でテーブル席に移動してまで飲んでしまう。

いかんなぁ、このノリの良さ。
ひとしきり盛り上がる(たぶん)。

店内ではアン・サリーのジャズが流れている。


・・・・・・ 気がついたら、

居酒屋を出て
僕は1人鎌倉の暗い山の中を さまよい歩いている。

ものすごく、寒い。

旧暦の新年を祝うには、少々ヤボだろうか。
オンナっ気もなく、都心の華やかさもなく。

いや、いいんだ。 これで。
鎌倉で飲んだくれてる方が、僕らしいというもの。

頭にはロードムービーが浮かぶ。

ヴィム・ヴェンダースの「アメリカ、家族のいる風景」
(地味だし、最低の日本語タイトルだが、内容は本当に最高だ)。

「EUREKA」(日本では珍しいロードムービーの秀作)
「パリ、テキサス」
「ダウン・バイ・ロー」
「バッファロー’66」 ・・・・・・。

これらに共通するのは、実はロードムービーという形式だけじゃなくて、
「荒涼とした」風景そのものなのだ。

ジャック・ケルアックは「荒涼天使たち」で的確にその本質を突いている。



・・・・・・ たぶん1時間以上も歩いたろうか。

たどり着いた先は、

なぜかよく行く由比ヶ浜の「お酒の神様」という名のバー。
体が覚えていたのか。

真っ暗で、目の前にあるはずの海は見えないが 
波の音は聴こえる。

午前5時?

マスターにレゲエのCDのお礼を言う。

ペルノーのソーダ割り。

まだ飲むのか? そうさ、だって、バーだもん。


無意識に(意識的に無意識に)ロートレックの画集を出す。

(いや、現実には出していないのかもしれないが、
頭の中ではロートレックが回っていたのだ。)

前夜、六本木の展覧会に行ってきたばかりだったから
鞄に入っていたのだろう。


ロートレックは素晴らしい。

展覧会でのロートレックの略歴では
梅毒とアルコール中毒に悩まされ・・・・ とある。

そうに違いはないのだろうが、
アル中はどうだか。
そりゃアブサンの飲みすぎには違いないだろうけど。

単なるアル中っていうより、薬物作用だろ。

ニガヨモギの成分が、脳に悪い影響を与えるのか。

19世紀末から20世紀初頭のパリの芸術家たちは
皆、揃いも揃ってこの酒に狂っていた。

詩人ランボーしかり、画家ゴッホしかり、ピカソしかり、ドガしかり。

やがて禁止になったアブサンの代用品として
ペルノーが好まれるようになる。

僕は狂ってしまいたくて、いつもペルノーを飲むのか?

だったら素直に(このバーにある)再発アブサンを飲めばいいのに。

ペルノーが好きなのだ。
ペルノーを飲むヘンリー・ミラーも好きなのだ。



ジャズを聴こう。
ジャズはどこだ。

チャーリー・パーカーの、うるさいほどのアルト・サックスがいい。

1940年代のパーカーは
2008年の鎌倉をも征服できる。


ゴロワーズを吸いながら、

夜が明ければ、この日は特別な日になるのだと、思う。
「あの人」の、72回目の、特別な日。

そして僕は鎌倉なら、さまよい歩いてもいいと思ってしまう。
ゴロワーズとペルノーさえあればね。


僕は由比ヶ浜の海を見ないまま、
いや、すぐ目の前にあるのだけど、
泥酔した僕は視覚的に認識できないまま、
朝のバーを出る。

普通、朝まで飲んでるような不良なら
近くに”オンナ”でもいて、
その家に寄るのだろうけれど、
僕にそんな女性はいない。

(逆かな。 親しい女性がいれば朝までなんか飲みはしないだろう。)

・・・・・ 腹が、減った。

ねぇ、オネエさん、僕に何か食わしてくれよ。
オパールとジャズとゴロワーズとペルノーを忘れさせるほどの、
食い物をさ。


ねぇ、オネエさん。


僕は1963年の、あの女性に向かって、
携帯電話をかけようとしていた。

今はもう、この世(夜)に存在しない、あの女性に向かって。


♪ テーマ曲 「星影の小径」 by アン・サリー♪
     アルバム「ムーンダンス」より

関連記事:
「京の女に言ふ」
「ゆる~いレゲエを鎌倉で」
「由比ヶ浜に 酒の神 在り」
「Blue Train」

a happy new rat year to ya!
[PR]
by y_natsume1 | 2008-02-09 18:36 | 鎌倉湘南Seaside

夜のバスに乗れ

2008年2月3日(日) 節分。 

季節感、生活感のためには
日本では
旧暦に戻した方がしっくりくることが多いような気がする。
当然といえば当然か。

もうすぐ立春だというのに
今東京では雪が降り積もっている。

これじゃ 旧暦に戻してもズレてるけど。

少なくとも、せっかくの昔の暦(こよみ)がもったいない。
たまに美しい雪景色を見ること自体は悪くないのだけど。

・・・・・ 昼前にやる熱燗が おいしい。

酔っ払いのたわごと、
つまりは空想の世界の言葉遊びには
邪気はない。

小説の中の季節感も
歌の季語も、

地球温暖化とやらで
まるで現実とはかけ離れてきた昨今だけど、

それでも
旧暦の方が感覚としては
まだまし というもの。

日本人の季節感には
旧暦の方が やっぱりいい。


モニター画面ではセピアカラーの傑作、
映画「EUREKA」が流れ、
癒しと再生の可能性を模索する。

窓から見える白い雪は
果たして
画面のモノクロームと交じり合えるのか。


いったい僕は何を 「見つけた(eureka)」 のか?

オパールか?

現在完了形の、見つけたんじゃなくて、
まだ、見つけていなくて、
そして、もう見つかりっこないのか。

それを確かめるには、夜のバスに乗らなきゃ。

♪ テーマ曲 「Eureka」 by Jim O'Rourke ♪
[PR]
by y_natsume1 | 2008-02-03 11:26 | 日々の雑文

酔っ払いのたわごと (5)

B♭は

銀座というドブに

捨てられたのさ
[PR]
by y_natsume1 | 2008-02-03 10:47 | 日々の雑文

酔っ払いのたわごと (4)

僕を吸い尽くせばいい

精子という名の

オペラ劇場を
[PR]
by y_natsume1 | 2008-02-03 10:46 | 日々の雑文

酔っ払いのたわごと (3)

僕を手でいかせるときの あなたの目は

悪魔のようにカッコイイ

最後まで

そのイヤラシイ目をそらさない
[PR]
by y_natsume1 | 2008-02-03 10:45 | 日々の雑文

酔っ払いのたわごと (2)

音のない世界は

騒がしい世界よりも

残酷なのだろうか
[PR]
by y_natsume1 | 2008-02-03 10:44 | 日々の雑文

酔っ払いのたわごと (1)

あの人は
僕をもてあそんでいるだけなんだろうか

40年以上かけて
[PR]
by y_natsume1 | 2008-02-03 10:43 | 日々の雑文




夏目芳雄の東南アジア・映画・ジャズ・酒などに関するよもやま話です。
by y_natsume1
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧