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仕事上の 「選択」と「決断」 の判断基準


もうだいぶ前になるけれど、ある親しい友人から、転勤や転職、営業上の判断など、仕事での「選択」と「決断」について、お前はいったいどういう判断基準でやっているのか、ちょっと参考までに意見や経験を聞きたいと相談されたことがあった。 そのときに自分なりに一生懸命考えながら、エッチラオッチラしたためた内容を改めてここでまとめてみる。 あくまで自分の今までの経験から、自分自身で考えて実践していることだ。 その道のプロから見たら欠点もあるだろうし、他人には他人なりの基準があるだろうし、世の中は常に変っていくから、この基準も今後変っていくかもしれないが、あくまで僕の個人的な判断基準。

ただ、 「おカネ」という意味での損得、利害関係は、ここではあえて無視して、それ以外のことを考えた。 資本主義社会のシステム下におけるビジネスでは、利益追求が第一に来ることは当たり前であり、大切であり、否定はしない。 かといって、それだけで仕事上の「選択」と「決断」の判断基準として、必要にして十分になるのかというと、そうでもないだろうと思うからだ。 物事はそう単純なものでもない。 実際、かえって利益追求以外のことで悩む場面も多いし、利益追求したがゆえに苦境に陥ることもある。 「損して得とれ」 の諺もあるが。

以下、長いです。
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by y_natsume1 | 2005-05-31 21:00 | アジア的独白

二日酔いの朝 娘の運動会へ


2005年5月28日土曜日。 
朝早く、二日酔いのまま、娘の通う小学校へ。 場所取り。
運動会。

今はラジオ体操やらないんだね。 別の体操になってた。
体操のタイケイに開け! な~んていうセリフは懐かしかった。
紅白分かれての対戦で、一方の応援団長は娘の友だちのお姉さん、N子ちゃんだ。
はかま姿がりりしい。 何年も前から知ってるけど、大きくなったもんだ。

仕事関係やプライベートな友人とは別に、コミュニティでの親しい人たちや親同士のつながりができたのも、実家が近い相方や、子供がいるおかげだ。 独り者だとこうはいかない。 

けれど二日酔い。 僕は水分と洗面所を常に求める醜態をさらす。 どうしてこうも、子供の発表会や運動会と名のつくものに出る朝は、二日酔いなんだろうか。 休日前夜にいつも飲んでるからに決まってるだろう、というツッコミが聞こえてくるが。 とにかく、ろくな父親ではないな。

昼のお弁当を家族で食べる。
それが終わった頃、Yくんが来て、「あそぼうよ」と娘を誘う。 二枚目ジェントルマンの彼は娘とは幼稚園から小学校1年の今までずっと同じクラスだ。 運動靴をはこうとする娘を手伝ってあげるYくん。 とても優しいぞ。 二人は手をつないで、駆けてゆく。

ふと、自分の小学生時代を思い出した。 うちは母子家庭の一人っ子。 親が土日も仕事をしていた関係で、運動会に来てくれることはまれだった。 僕は運動会の時のお昼ご飯は友達の親や、くだらないやさしい教師たちと食べることが多かったっけ。 他の皆と違うから、正直イヤだったな。 たまに母親がお弁当を持ってきてくれて一緒に食べることができる年もあって、その時はとても嬉しかった。 やっぱり親というものは子供にとって、いてくれるだけで、存在してくれているだけで、嬉しいものなのだと思う。

僕は今、娘や息子のおかげで、二度目の人生を(追体験のように)生きさせてもらっている。 親の方が子供に救われているようなものだ。 感謝しなくてはね。 相変わらず、酔いどれのアホタレではあるが・・・。 

そして運動会が終わった夕方の早い時間帯、自宅でチーズをつまみにキリリと冷やした白ワインをやる。 うまいよ。 BGMはS&G、そしてボサノバだ。

♪ テーマ曲 「Baby Driver」 by Simon & Garfunkel ♪
   (この曲が運動会でかかってたから)
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by y_natsume1 | 2005-05-28 17:30 | Back Street Days

午前2時の 赤い月


2005年5月27日 金曜の夜 飲みにくり出す。

新宿ゴールデン街。

1軒目。 
ジャズを聴かせるバー。 相変わらずクリフォード・ブラウンのトランペットはカッコイイ。 
片付けができないオンナや幽霊の話題で盛り上がる。

2軒目。
ユダヤ教のカバラ。 手首に巻いた赤い紐。 七つの願い事。

3軒目。
ヒモはヒモでも、札幌ソープランド嬢のヒモだったオヤジさん。
本当に好きだったんだって、その女性のこと。
転勤で別れる時、それまで彼女から毎月もらってたお小遣い(合計240万円)を、全く使わずに貯めてて、そっくりその女性に返したそうな。 それが相手にとって良いのか悪いのか知らんが。 でも、なんだか、粋な話。

・・・・・ さすがにゴールデン街の大抵のお店は安い。
1杯だけに限ればチャージ料も入れて1軒あたり1,500円前後で飲めるところが多い。

ゴールデン街を離れ、自宅近くのソウル・バーへ。
この夜は大阪人の独壇場。 濃いね、大阪人は。
オカマの「アレ」をしゃぶった男。 ホントかよ。
禁煙してるくせに、結局帰るまでに一箱吸った酔っ払いオヤジ。

とっくに日付は5月28日に変わってる。

そして更に、地元のスナックへ少々。
カラオケで「娘よ、She's our daughter」 (柳ジョージ)と、「白い砂の少女」(加山雄三)を歌う。 ここまでくると、僕も立派な酔っ払いの中年オヤジだな。

午前2時近く。 お会計を済ませて外に出る。
赤い月だ。 
ちょっとぼやけてる。

今夜は最初から最後まで焼酎の水割りばかりで通した。 総合計8杯。 
よく覚えてるもんだ。

午前2時の、赤い月。
低い位置の赤い月は珍しくない。 よく見る。

午前2時の 赤い月
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by y_natsume1 | 2005-05-28 02:38 | 酒×酒

ラガヴーリン16年

「時間」というものは パワフルだ。

伝統も
文化も
人間のもつ風格も
長い時間をかけて 
だんだんとできあがってきたものだろう。


たとえば、ある国で、亡くなったばかりの有名人や政治家の名前を、すぐに街の大通りや空港の名称に使用していることが時々あるけれど、個人的にはあまり好きなやり方ではない。 (本当の意図はそうではないのかもしれないが) 歴史の浅い国が急いで歴史を作ろうとしているように思えてしまうし、節操がないように見えてしまう。 もう少し「時間」という概念を大切に扱えばいいのにな、と思う。


たとえば、ある人が存命中に、僕にしみじみと言ったことがある。
「人間は生きている限り、いろんな傷を負ったり悲しみを経験したりするだろう。 すぐに忘れることができる浅い傷もあるだろう。 でも中には、いくら時間がたっても癒されない、深い深い傷のこともあるだろう。 けれどね、10年なら10年っていう時間が癒してくれる傷だって、そういう傷だってあるんだよ。 10年って時間にはバカにできない力があるんだよ」と。 人間は忘れる動物だから、忘れることが傷の癒しになることがあるだろう。 逆に時間がたっても忘れてはいけないことも、あるんだろう。


たとえば、30年以上も忘れることなく何かを思い続けた「人の気持ち」があるとする(いわゆる「恨み」としてではなくてね)。
そこには、長い時間をかけているがゆえの、決して軽くない、凛とした「説得力」のようなものが感じられることがある。 こちらも、その気持ちを軽々しく無粋に扱ってはいけないと思う。

 
たとえば、ポール・マッカートニーの名言がある。
acoyoさんのブログ記事に出ていたものだ。
「僕らは学校の制服を着るのを拒絶した。それを拒絶するのは簡単だ。でも、着ないと決めたら、着ないでも生きていけるんだ、やっていけるんだってことを自分の人生で証明しないといけないんだ」
ポール・マッカートニーはその後何十年間も、世界中の人たちに、制服を着ないでもやっていけることをずっと証明し続けている。 1年や2年ではない。 30年も40年もそれをやっている。 説得力が違う。 自分の発言に対する責任感と重みが違う。 もし仮に、「制服を着ないこと」を当時の世間一般の常識からはずれた「不良になること」と定義するならば(そんな定義、ホントはどうでもいいのだが)、これだけ何十年にもわたって筋を通したカッコイイ不良もいないだろう。


たとえば、建立(こんりゅう)から何百年も経っている古いお寺や神社があるとする。
日本の場合は木造だから、火をつけて燃やすのは物理的には簡単だけど、実際にそれをやられてはかなわない。
燃えつきるのに要する時間はとても短いけれど、燃えてしまうその建物には何百年かの時間をかけた「何か」が詰まっているはずだからだ。


たとえば、16年熟成させたラガヴーリンがある。
「何年もの」と表示していないブレンデッド・ウィスキーにも美味しいやつがあるけれど、やはり16年もののラガヴーリンはシングルモルトとしては格別だ。 うまい。 歴史のある古いお寺が一瞬にして燃えて欲しくないという話とは逆に、熟成させるのに要した「16年という時間」を一口で味わう。 ぜいたくな「時間」の味わい方だ。


積み重ねられた「時間」というものは、かくも見事なまでにパワフルだと思う。
時間がたてば時代も変わるし、価値観も変わっていくのかもしれない。
けれど、過去から今まで長い時間をかけて培われてきた「ステキな何か」が、毎日の生活の中でいくつかあることも、確かだ。 
僕も年々熟成されていくシングルモルトのように、人としての風格や立居振舞に自然とにじみ出てくるような、いい年のとり方をしていきたいものだが、はてさて、どうなることやら。 

それにしても・・・この記事を書きながら飲んでいるのだが、
今夜も相変わらず、ガンガンに酔っ払っているぞ(苦笑)。
風格や立居振舞どころではないな。
単なる酔いどれ。 夜も更けたが。
ラガヴーリン16年のストレート。 うまい。

  ♪ テーマ曲 「時代は変わる」 ボブ・ディラン ♪

       (歌詞の内容がここの記事の趣旨とちょっと違うかも? まぁ、いいか。)

時代は変わる
ボブ・ディラン / ソニーミュージックエンタテインメント

♪ テーマ曲 「時代は変わる」 ボブ・ディラン ♪
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by y_natsume1 | 2005-05-25 23:22 | 酒×酒

2005 江ノ島 アロハ・サンセット

2005年5月22日 日曜日。
行ってきました 江ノ島へ。
中年オヤジの一人遊び。
江ノ島近辺には行ったことはあるが、島の中にまで入るのは実はこれが初めて。
射的とか、みやげ物屋とか、レトロな佇まいのお店が結構あるんだね。
ハマグリやサザエの串焼き、うまそうだったがパス。
それ食べると絶対ビールや日本酒がガンガン欲しくなるから、昼間は控えとこう、と。

あいにく天候はあまり良くなかった。
雲り。 やがて小雨もパラパラ。
最初はそれほど寒くはなかったけれど、島の上の方になると海風はやはり冷たい。
さむぅ。

今回の目的、江ノ島展望灯台であったイベント 「アロハ・サンセット」 には心が安らいだ。
緩やかに流れるやわらかい時間。
生ギターとウクレレの優しいサウンド。
ステージに上がるらしい女の子たちの、ハワイアンの衣装と頭につけた花飾り。
どれもこれもステキだった。

こういう場にいると、ケアリイ・レイシェルや沖縄音楽なんかも思い出す。 雰囲気が似てるっていうか、いかにも風と海とビールが似合う音楽だと思う。

ありがとう、Yさん&K子さん。
僕は初めて、このイベントに来ましたよん。

(下の写真は携帯電話で撮ったが、曇りだったこともあり、写りが悪い。 というか、相変わらずもともと写真に気合入ってません。 あしからず。)

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by y_natsume1 | 2005-05-22 19:36 | Music Bang Bang

またバス見に来ようね


もうすぐ3歳になる息子は 多くの男の子がそうであるように
乗り物が好きだ

電車、トラック、バス、飛行機、船、乗用車、パトカー

特に電車とバスは大好きだ

僕が東急バスの営業所(兼車庫)に連れて行くと
彼は一時間以上も 飽きずに ずっと 見ている
一時間以上も だ

帰ってくるバス
出ていくバス
洗車するバス
駐車位置を変えるバス

もう帰るよ と言わなければもっと見ていたかもな
相当好きみたいだ

「パパ、またバス見に来ようね。 ね?」

はいはい(苦笑)
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by y_natsume1 | 2005-05-21 17:30 | 子供語録

お気に入りロック名盤(10) Corridors of Power(1982) /Gary Moore

コリドーズ・オブ・パワー
ゲイリー・ムーア / 東芝EMI




へヴィメタル、ハードロックのファンでなければ、あまり知られていないかもしれない。

このアルバムは当時のギター少年たちの憧れといってもいいぐらいの、ギター・テクニックが満載のアルバムだ。

特に「End of The World」という曲での最初のギター・ソロなんかは、もう最高。

ギターの演奏技術だけでなく意外にあなどれないのがゲイリー・ムーアの作曲能力とボーカル。 メロディアスな曲だからこそ、派手なギターも引き立つのだ。 ボーカルだって、どっかの下手なロックバンドのボーカリストより、よっぽどタイトに締まった歌い方で、カッコイイと思う。

ちなみにこのアルバムの中にある「Wishing Well」というカバー曲。 当時の深夜の某TV番組で桑名正博さんがギターとボーカルでこれを演奏したことがある。 それもカッコよかったなぁ。
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by y_natsume1 | 2005-05-17 00:25 | Music Bang Bang

あ、ニンジャがいるよ!?


休日の朝 小学1年生の娘が叫ぶ。

「あっ!あそこっ! ほら、あそこにニンジャがいるよ!?」

「え? あぁ・・・・あれね。 そうだねぇ、忍者みたいだねぇ(笑)」 と大ウケする僕。

リビングの窓から見えるお向かいにはいくつも木があるのだけど、ちょうど2、3人の造園業者が大きな松の木に登って、手入れをしているところだった。 それが忍者に見えたようだ。 顔を隠す布きれはないけれど、全体のカッコは確かに忍者だね(笑)。
そのあとは娘よりもむしろ、もうすぐ3歳になる息子の方が興味を持ったらしく、彼はずっとその「ニンジャ」を見つめてた。 どんな忍法が出てくるか。 ハットリくんのことは彼はまだ知らないはずだが・・・。

ニンニン
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by y_natsume1 | 2005-05-15 09:25 | 子供語録

Blue Train


不思議な ワンシーンだった

雰囲気は昭和20年代か30年代前半だろうか
薄暗い部屋の中で 僕は
白いワンピースを着た 若い女性と
楽しそうに チークダンスを 踊ってる
静かに流れるBGMは なぜか 「霧の摩周湖」 だ

部屋の中には 僕が子供の頃よく使っていたようなスチール机がある
その机が僕の視界に入りつつ 二人で ゆっくりと踊る
ノスタルジックでやわらかい時間は まるで「花様年華」のそれのようだ

僕はその女性の腰に手を添えた 
下着の線をしっかりと感じながら

その女性は黙ったまま 嬉しそうに微笑んだ

そして まもなく

消えた

たぶん 僕を産む前の 少女の頃の あなた 
だったんですね

**********************

・・・・・すぐに 僕は その夢から覚めた 
彼女は 「向こうの世界」から 僕に 何を伝えに来たんだろうか
37年ぶりに四国で会った「その人」のことだろうか 
それとも ボーダーを越えて 僕を 呼びに 来たんだろうか
わからない・・・・
でも 僕は 「田村カフカ」 ではないし 
此処は あの「海辺」でも ない

「あれはとほい處にあるのだけれど
俺は此處で待ってゐなくてはならない」
 (ある人から教えられた 中原中也の詩の一節が 頭をよぎる・・・・)

はてさて    わからん

2005年5月10日の明け方に実際にみた 
シュールな 
けれどロマンチックで
暖かい 
夢だ
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by y_natsume1 | 2005-05-11 23:06 | アジア的独白

犂と馬鍬 (すきとまぐわ) ~於ゴッホ展~

2005年5月某日。

東京国立近代美術館へゴッホ展を一人で観に行く。

連休中でかなりの客数だから、
待つのは仕方ないか。 

午前中のとても早い時間帯なのに入り口にたどり着くまで約15分。
入り口から実際に絵を観るスタート時点まで約15分。

でも待つのは仕方ないにしても、
それだけで疲れてしまう。

1時間待ちの週末もあるそうだから、
まだましなのかも。

・・・入ったら入ったで人を詰め込みすぎていて、一定の距離で絵を観られない。

絵にへばりついて観ている人が殆ど。

なんでそんなにへばりつくのか、僕には理解できない・・・と思ったが、
やっぱり人が多すぎるのと、
背の低い人が(仕方なく)どうしてもそうなるから、かな。

絵の大きさによって、
それぞれとるべき距離感は違うはずだろうに。
もっと離れて観ていたい絵も多いのになぁ。

はぁ・・・・。 疲れる。

入場者全体の、観るスピードも、
必要以上にとろい。

僕はいつも絵を一人でささっと観ていくのが好きだ。

気に入った絵があっても何分もじっと観ていない。 
せいぜい数十秒だ。
(でも、そんなもんじゃないの? 絵を観るっていっても・・・)

誰かと美術館に来たとしても、
観ていくスピードは微妙に違うから、
巨大な美術館の場合を除けば、大抵僕は単独行動をお願いして、
出口で相手と待ち合わせることにしている。

今回は全体がとろすぎる。

はぁ・・・・。 とにかく疲れるぞ。

入場者数のコントロールをしているようだけど、
それでも詰め込みすぎなんだな。
連休中だし、仕方ないっつーことか。

主催者の仕切りは、ある程度の努力は認めるけれど、決してうまい方ではない。

そして、公共の場所にもかかわらず、
僕の近くには全くゴッホや絵画に関係のない日常的で個人的な会話を大声でやりとりするオバハン軍団が数名いる。 

品がない。

僕はこういうオバハンたちに嫌悪感と吐き気をもよおす。

オバハンだからじゃない。 

美術館という公共の場なのに品のない態度で、大声で話すからだ。 

およそ、絵を心静かに鑑賞しようという雰囲気の空間では、さらさら、ない。

その場からさっと離れる。

はぁ・・・・。 どうしても気持ち自体がなえるというか、疲れるなぁ。

気をとりなおして・・・・救いは・・・やはりゴッホの絵そのものだった。

間近で観る青や黄色系統の色はとても鮮やかだった。
特に黄色の使い方なんか、すっばらしい!

でももっと嬉しかったのは、ミレーの絵を模写した 「犂と馬鍬」 を再び観られたことだ。

「カラスのいる麦畑」(精神に異常をきたした頃の遺作)とか、
「馬鈴薯を食う人々」(油絵版)とか、
他にも好きなゴッホの絵はいくつもあるけれど、
この「犂と馬鍬」をもう一度生で観られたのはラッキーだ。

初めてこの絵を観たのは16歳のとき、アムステルダムのゴッホ美術館だった。

当時は当時なりに(16歳の少年なりに、という意味だ)、鮮烈に感じた。
僕はこの作品の色が好きで好きでたまらない。

実際の色は、画集の写真やネットで見られる色とはかなり違う。

ミレーの模写でもあるからか、
青や黄色や赤系統の、もともとゴッホなどの印象派でよく見られるような鮮やかな色使いはされていなくて、
この絵全体にメインで使われているのは青緑にグレーを混ぜたような色だ。 

いっぺんで気に入った。

当時その絵を観た後で、
自分で油絵を描くときに(これでも小学生の頃から油絵を描いていた)、
描く対象も決まっていないのに、
この色のチューブ絵の具を画材屋で買ってきたものだ。 

それぐらい、この色が好きだった。

・・・・・全ての展示作品を観終わって、そそくさと美術館の外に出た。

カンヴァスの大きさや色合いなんぞを含めて、
絵は画集や印刷物で楽しむよりも、
実際に観ることができた方が、はるかにいい(画集等でしか接する方法がない場合も多いけど)。  

色だけじゃなくて、
絵の大きさに圧倒される感覚なんかも実際に接しないとね。

良いものには(ホンモノに)生で接する・・・・・・・ジャズにも絵画にも芝居にも共通することのような気がするな。

ま、そういう意味で今回は生で鑑賞できてよかった、とするか。

それにしても、疲れた。 

混雑と、決して多くはない展示枚数と、オバハン軍団による雰囲気ぶち壊しとで、
それらを考えると大人一人1,500円は、ちと高い。 

カネ、半額でもいいから返せ。

ゴッホの作品自体はとても素晴らしいとは思いつつも、
日本はもう少し文化的なコストを安くできんもんかねぇ。 

展覧会には場所代や輸送や保険やロイヤルティやいろんなことにおカネがかかるのはわかるんだけど・・・。 

都会にいて実際に観られるだけ、まだましか。 
だからこそ都会に住む選択をしているんだけどね。 

ぜいたくな悩みなんだろうか。
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by y_natsume1 | 2005-05-07 12:40 | Back Street Days




夏目芳雄の東南アジア・映画・ジャズ・酒などに関するよもやま話です。
by y_natsume1
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