カテゴリ
Entrance ようこそ
Biography 略歴
夏目芳雄の著作物
Moon
アジア的独白
鎌倉湘南Seaside
酒×酒
Back Street Days
四国
Music Bang Bang
Jazz Night
ビートニク
マレーシア駐在記
シンガポール
ベトナム
南の島
韓国
中国
キューバ
メキシコ
アメリカ
Books
日々の雑文
子供語録
ごはん
映画言いたい放題
過去の映画評「あ」
過去の映画評「か」
過去の映画評「さ」
過去の映画評「た」
過去の映画評「な」
過去の映画評「は」
過去の映画評「ま」
過去の映画評「や」
過去の映画評「ら」
過去の映画評「わ」
その他
以前の記事
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2012年 12月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月


月子さんのお話 (4) ~遊郭の夕べ~

2008年4月22日(火) 夕刻。

一週間ほど大阪出張。
空き時間を利用して大阪市西区の九条へ。

僕の実母である月子さん(仮名)は
九条で昭和10年(1935年)に生まれ、
空襲が激しくなって四国に疎開する昭和20年まで、
九条で育った。

月子さんの生地を一度は訪ねてみようとやって来た。

月子さんの除籍謄本で生地の所在地を読み取るも、それは旧住居表示。
現在の住所だとどの辺りになるのか、わからない。

しかも自宅近くの病院で生まれた可能性だって高い。
生地は単なる病院の所在地かもしれない。
けれど九条にずっと住んでいたのは何度も聞かされていたから、
それ自体は確実だろう。


西区と港区(九条は一時期港区管轄だったこともある)の両区役所に電話で尋ねる。


教えられた、おおよその、たぶんこの辺りだろうという場所に、
初めて足を踏み入れる。

商店街のアーケード。
少し奥に折れると、住宅地。
いわゆる、下町。

薄暗くなった路地裏のアスファルトの上で
子供達が無邪気に遊んでいる。

平和だ。

なんて平和なんだろう。

この辺りで焼夷弾の空襲の中を逃げ回った月子さんは、
生きていたらどう思うだろう。

ここには月子さんの全ての原点がある。


・・・・・・ 駅の反対側は、いわゆる昔の赤線地帯、
有名な遊郭があったところだ。

いや、料理組合と名前を変えてはいるが、
今もこの辺り一帯が実質的な遊郭であることに変わりはない。

高架をくぐり、駅の反対側の、そこに行ってみる。


通称、 松島新地。


レトロでステキな瓦葺の2階建ての日本家屋が
いくつも、いくつも並んでいる。
桃色と白のツートーンカラーの灯籠があちこちに。

これら建築物は本当に素晴らしい。

大阪大空襲で全焼したから、今の建物は戦後のものか。
それでも、味のあるとってもいい雰囲気。

それぞれの店の玄関そばの窓際には
若くて美人のオネエサンが1人か2人、
(ホントにレベル高い美人です。)
店を仕切る年かさのオバハンとコンビで座っている。


暮れ六つ時、
ほの暗い妖艶な灯りの中、
僕が前を通るたびにどの店からも、

「お兄さん、遊んでって」
「どうぞ」

などと声がかかる。

その声は、大き過ぎず、小さ過ぎず、
嫌味もなく、なぜか心地良い。

(新宿歌舞伎町の下品な客引きとは大違いなぐらい、粋でステキな声。)

月子さんが僕によく言っていた。

「あなたのおじいちゃんは全然女遊びもせず、
きちんとしたマジメで堅い人だったんだよ」って。

今になって分かる。

たとえ歩いていける近い距離にあっても、
駅の反対側の、松島新地なんぞにあなたの祖父が行くようなことはなかったんだよ、
とでも月子さんは言いたかったのだろう。

子供の僕に、表現を変えて伝えただけだ。

けれど、僕は今、思う。

行ってたって、今の僕なら、別に否定はしない。
嫌な気もしない。
そんな野暮じゃない。

こういった遊郭の世界に対して
世間で賛否両論あるのは承知しているけど、

じいちゃん、それぐらい行ってもいいじゃないか、と思う。

堅すぎるぐらいお堅い祖父のことを考えれば、
遊郭に行ったことがあるぐらいの方が、
かえってヒューマンで人間臭くて、
もっと親しみを感じるだろうから。


1930年代、祖父は旧逓信省勤めで、
(セピアカラーの写真からはいつも)ツィードの三つ揃いスーツを粋に着こなし、
電報(モールス信号)の英語担当をしていた。
電報の英語の文法の間違いを正す役だ。

確か旧制中学の途中で社会に出た祖父は、
英語もフランス語も独学だったそうだ。


逓信省を辞めた後も、祖父の耳にはモールス信号のような音が耳に残っていて、
実際に何かの拍子でモールス信号に近い音が聞こえると、
まるっきり言葉と同じように聞こえるのだ、
と言っていたのを思い出す。

祖父はどんな信号を言葉に変換し、どんな言葉を信号に変換していたのだろう。



・・・・・この一帯は、なんだか不思議な場所だ。

こういった日本家屋を観ているだけでも、むちゃくちゃカッコイイ。
それに、この妖艶で、いかにもアヤシイ雰囲気。

まさか僕自身が、祖父や月子さんの代わりに、
昭和10年ごろにタイムスリップしている、とでもいうのだろうか。

それほど僕の時空感覚は、 狂いに狂っている。

ねぇ、月子さん、
あなたは今頃どこでどうしているんだろ・・・・?

その「今頃」って、いつのことを指してるんだろ?
その「どこで」って、どこのことを指してるんだろ?

僕は僕自身でなくなっていく。
混乱する。

今、祖父が僕自身に乗り移り、
いや、僕が祖父自身になって、この街を歩いている。

この世とあの世の境目に、もう一つのグレイな世界ができあがり、
僕は僕自身でなくなっていくのだ。


・・・・・・ しっかりと、夜の帳が、降りる。

新地の辺り一帯をぐるぐると小一時間も歩き続けたろうか。

酒を飲もう。 この地で。

カウンターだけの居酒屋に入り、日本酒を。


翌日、4月23日は、生きていれば月子さんの誕生日だ。
偶然とはいえ、ちょいと不思議。

出張スケジュールは自分じゃ選べないから、本当に偶然なんだけどね。

熱燗でこの大切なひと時を、祝おう。

僕は僕の祖父となって、
月子さんの父親となって、
月子さんとなって、
そしてふたたび僕自身となって、

祝おう。





黄色い時間は月を青い色に染めた上で、
モールス信号の英語の電文を 切ないラブレターに変換している。



♪ テーマ曲 「between the bars」 by Elliott Smith♪
♪ テーマ曲 「la dilettante」 by hauschka ♪
♪ テーマ曲 「月の鏡」 by 藤原道山 ♪


関連記事:
「月子さんのお話 (3) ~春の残酷~」
「Blue Train」
「ソウル・バーの夜 (4) ~キサス・キサス・キサス~」
[PR]
by y_natsume1 | 2008-04-29 16:34 | Moon
<< 京方人(みやこかたびと) 雨のシンガポール (7) ~片... >>




夏目芳雄の東南アジア・映画・ジャズ・酒などに関するよもやま話です。
by y_natsume1
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧