僕は実の父には捨てられたと思って生きてきた。
父が母の家を出て行くとき、
「この子がかわいくないの?」と問う母に、
「かわいくない」 と言って出て行った、
と母に教え込まれていたからだ。
僕が3歳の頃だ。
激しい憎悪なんかではなく、
淡々とした、そういうこともあるんだろうな、ぐらいの感覚で。
特に、
「クレイジーカンガルーの夏」という小説の時代設定である1970年代は、僕は自然とそう思って生きていた。
父も母も同じ高校の同級生で、その取り巻きも、どいつもこいつも皆、四国の海辺の、同じ田舎町の出身だった。
父と母は別れてからも同じ町に住んでいた。
お互いの故郷であり、生活の場だもの、そりゃそうだ。
父を見ることはなかったけどね。
捨てられたと思って生きてきた僕は、
いずれ早いうちに、僕の方からこんなくだらない田舎町なんか捨ててやる、とも思っていた。
実際に、 そうした。
それが、どうだ。
昨年、37年ぶりに実父に会うことになった。
(母は既に10年前に亡くなっている。)
父に会ってみたら、
捨てられたと思っていたのに、実はそうではなかった。
それが諸事情から分かった。
家裁の命令だっただけだ。
母の息子に対する「吹き込み」は相当なものだったのかも。
やるなぁ、かあさんも(苦笑)。
とにかく、再会した父の言葉に、僕は37年ぶりに、 救われた。
捨てられたのではなかった。
捨て去ったはずの故郷にも、
墓参り以外に帰る理由が、できてしまった。
この小説を読むと、
どうしても1970年代の僕自身にリンクしてしまう。
・・・・・ 最近、70歳になる実父からは、ときどき僕の携帯電話に連絡が入る。
大抵は酒を飲んで良い気分になった時らしい。
リリー・フランキーの「東京タワー」みたいな話ではないが、父親像としては似ている部分もある。
「おまえ、あの歌、陽水の氷の世界いうんかのぉ、あれ、ええのぉ、おまえ、あの歌うまいけんのぉ、またカラオケでうとうてくれんかのぉ」 と。
彼は今もかなりの2枚目で、不良で、女性好きで、そして僕よりお酒が強い。
♪ テーマ曲 「氷の世界」 by 井上陽水♪
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